第29話

「いや…これで足りてんのか…?いやでも何か大事なもん……はぁ…分っかんねぇわ…」


そう言って首を傾げたその男は、やっぱり私達には見向きもせずにまた一歩足を踏み出した。


えっ、そのまま行くの…!?



「っ、ちょっと…!!」


そんな男に、私は思わず声をかけた。








———…正直に言うと、少しタイプだったんだと思う。


その私よりは高いけど決して高すぎない身長に男にしては細いその腕とか背格好とか、ちょっとだるそうなその歩き方とか。








私の声にまた足を止めたその男は、「え?」と言いながらやっとこちらを振り返った。


目が合ったその瞬間、なんだかよく分からないけれど私はなぜかハッとして思わず固まった。




「…なんだよ?」


声をかけておいて何も言わない私に、男は半身をこちらに向けるように振り返ったまま少し眉間にシワを寄せてそう言った。


「いや、あのっ、えっと…てか、素通り!?」


「…は?」


「この状況見て分からないですか!?私今すっごく困ってるんですけど…!!」



こんな路地裏でこんな時間に男と女が揉めてるというのに、それに見向きもしないなんてこの男は一体何者だろう。


でもこの人が何者かなんてことよりも先に思ったのは、この人を今逃してしまえば私は依然私の手首を掴んでいるこのスキンヘッドの男に本当に連れて行かれてしまうかもしれないということだった。



このチャンスを逃すわけにはいかない。



「あー…」


そう声を漏らしながらその人は私に向かい合うように立っているスキンヘッドの男に目をやり、それからすぐに私の手首を掴むその男の手を見たその人は、「まぁなんとなくは分かったわ」となぜか冷静に呟いた。



「っ、助けてくださっ…」


見ず知らずのその人に助けを乞う言葉を口にした瞬間、その言葉に私はいろんな思いを乗せてしまった。


マコちゃんのことも、ホノカのことも、コザキングやその彼女のこともそう。


お母さんに期待させてしまっていることも、あまりお金がないことも、携帯の充電が切れたことも、…それから足が虫に刺されたことすらも私はその言葉に思いを乗せた。



助けを求めてはみたけれど、見るからにスキンヘッドの男の方がガタイが良いからもしかするとこの男の人にとってこのスキンヘッドの男は力では敵わない相手かもしれない。


でもなぜか助けてもらえるかもしれないと思えたのは、彼の半袖から出ている両腕にはびっしりと刺青が入っていたからだ。




スキンヘッドの男の首からもそれは見えていたけれど、その露出具合とか密集具合がこっちの男とは違う何とも言えない怖さを生んでいた。



でもそれで言うならここはスキンヘッドの男よりもこっちの男の方が無事に帰してはくれないかもしれないと思うところなのかもしれないけれど、さっき合ったその目に私はなぜか恐怖心は抱かなかった。




「なんや兄ちゃん、この子の知り合いか?」


スキンヘッドの男が私が助けを求めた男にそう聞くと、私の方を見ていたその人はパッとそちらに目を向けた。

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