第26話
「そうだけど」
…でも、一度ついた嘘はそう簡単に引っ込めることはできない。
「…じゃあこの人が職場に唯一いるって言ってた事務のおばさん?」
彼女は今度はコザキングの方に向き直ってそう聞いた。
「…うんっ!そ、そう!」
だからお前が動揺すんなし。
「へぇ…」
そう言いながらこちらにまた向き直った彼女の口元は少し緩んでいた。
「若作りすごいですね」
彼女は少しバカにするようにそう言ったかと思うと、「暗いからよく見えないけど、とても四十代には見えません、圧巻!」とわざわざ言わなくてもいいようなことを口にして両手を胸の前でパンッと合わせた。
「ちょっ、サラちゃん…!!」
「……」
…私は思わず言葉を失ってしまった。
彼女は相変わらずバカにするような目で私を見ているし、その向こうではコザキングがヒヤヒヤしながらこちらを見ているし、…
なんかもう本当にいろいろ惨めだし。
「でもいくら男ばかりの職場とはいえ、繁華街で土曜の飲み会にそれはないですよ」
「……」
彼女の言った“それ”にはきっと今の私のいろんなことが含まれているんだろう。
きっとボロボロであろうこの髪型とか、明らかにパジャマにしてますって感じのこのTシャツとかショーパンとか…
それからなんだろうな…あ、このサンダルもそうか。
数年前に買ったスポーツメーカーのこのサンダルも、散々履き潰してどこからどう見ても繁華街に飲みに行く時に履くような代物ではないよね。
にしてもコザキングの職場に女の人が一人しかいないなんて。
そしてその人は四十代だなんて。
…思わぬ誤算だわ。
「…二度とリュウセイに近付かないでください」
彼女はもしかすると、私達の茶番にとっくに気付いていたのかもしれない。
じゃなきゃ事務のおばさんにそれは言わないよね…
よく見れば、彼女の目はもうバカにするようなものではなくまたさっきの険しいものになっていた。
私は黙ったまま、なんとなく二人に深々と頭を下げてその場を後にした。
コザキングの彼女も見た感じ二十歳くらいに見えたけれど、それでもコザキングほどの子どもっぽさはあまり感じなかった。
私達の嘘を嘘だと分かった上でそれに乗っかって嫌味を言って、その挙句そのまま私を帰すなんて…
二十歳の子ってそんなこともできるんだ。
案外大人だなぁ…
…にしても、今の私ってやっぱり見た目ヤバいんだな。
繁華街へ引き返す途中、髪の毛くらいはなんとかしようと思って右手を頭に伸ばしてまとめていた髪ゴムを引き解いた。
その瞬間ふわっと落ちてきた胸まである髪の毛からはマコちゃんと一緒に選んだシャンプーの匂いが鼻を掠めて、私はまた少し胸が痛んだ。
やっぱり髪の毛は縛っておこう。
鏡も見ずに歩きながらまた頭のてっぺんにまとめ上げた髪の毛は、やっぱりそれでもボロボロだったと思う。
結局また繁華街に出戻りか…
虫にでも刺されたのか、足首あたりが少し痒かった。
蚊に刺されることすらも今は惨めに思えて、私は少し気になった足首を気にせずに歩き進めた。
その路地裏から繁華街へ出る直前、
———…ドンッ、
「っ、」
ちょうどこちらに曲がってきた人と私は正面からぶつかった。
私は無意識に急ぎ足になっていたらしく、ぶつかったその勢いは割と強めだった。
「おいおい、何やってんだよ。ちゃんと前見て歩けや」
いやいや、それはあんたもでしょ。私が前を見ていなくてもあんたが見てたらぶつかりはしなかったんだよ。てかこの場合路地裏に入る方より出る方が優先なんじゃないの?エレベーターとかもそうじゃん。乗るのは今乗ってる人が降りてからってもうそんなのは日本中の常識でしょうが。
…なんて、頭の中では一瞬でグチグチとそんな文句が浮かんできたけれど、ぶつかった目の前のその男の胸がやたらガタイの良さそうな感じで、おまけに肌も少し焼けていたから私の中では瞬時に偏見の思いが働いた。
こういうタイプとは関わるべきじゃない。
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