第14話

でも、そう言われて初めて気が付いた。


私は出て行くと言いつつも、つい癖で玄関に吊るしてあるこの部屋の鍵を持って出ようとしていたことを。


思わず右手に握られていた鍵に目をやれば、私の手の中にあるその鍵は何とも無機質なものに見えた。



手を開くと同時に付けていたキーホルダーの鈴がカラカラと音を立てたけれど、もう古いものだったから特に綺麗な音は鳴らなかった。




これ、付き合って初めて旅行に行った時に買ったやつだ…



「カヤ?聞いてる?」


「……」



どいつもこいつも“聞いてる?聞いてる?”って…


こっちの聞きたいことは聞かせる隙すら与えないくせに自分の言いたいことだけどんどん押し付けやがって…



「カヤ?鍵、———…」


私はマコちゃんの次の言葉に被せるように振り返って、右手にあった鍵を奥の部屋にいるマコちゃんに向かって放り投げた。


でも私達には距離があるせいでマコちゃんにそれは届きはしなくて、床にぶつかったその鈴の音はやっぱり少し古びた“カラカラ”だった。



「……」


「……さよなら」


私寄りの数メートル先に落ちた鍵を見つめるマコちゃんに、私はそれだけを告げて部屋を出た。




その時頬を伝っていた涙は、やっぱり悔し涙だったように思う。



悔しくて、悔しくて、


行く当てなんてないくせに、外に出た私はどんどん前に足を進めながらも小さな嗚咽を漏らしてひたすら泣いた。








———…部屋を出た今になって考えてみても、マコちゃんの言い分はやっぱりずるいと思う。


一年も前からホノカとそういう関係になっていたにもかかわらずそれより前から私との別れを考えていたなんて言ったけれど、


それなのにマコちゃんはその間もしっかり私を抱いていたんだから。


そりゃあここ四日くらいはシてないけどさ、直近を遡ってみたって絶対に一週間はまだ経っていない。





その時“好き”とか“可愛い”とか…そういうのを言われたかどうかなんていちいち覚えていないけれど、付き合って六年ともなればそんなもんじゃん。


言わなくても好きだと思うじゃん…





初めは追いかけてきてくれるかもしれないなんて淡い期待を寄せていた私もいたけれど、家から遠くなるにつれて徐々にその期待はするだけ無駄だと諦めた。


無意識でたどり着いた繁華街で、私はこれまた無意識にその辺に腰を下ろした。



涙はいつ止まったんだろう。


涙は枯れないとか言うけど、あれは嘘だな。



…まぁ枯れるほど出てもないけど。




「はぁ…」


こんな超適当な格好で繁華街に来るとかどうかしてるわ。


しかも土曜だから人も多いし。




その時、バッグの中の携帯がブルブルと震えていることに気が付いた。


その着信はお母さんだった。



一瞬だけマコちゃんの顔がよぎった自分に、私はどうしようもなく腹が立った。




「———…はい、」


『もしもし?ごめんね、こんな時間に』


「うん、何?」


『起きとった?』


いや…起きとったから出たんやん…

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