英雄になれなかった男に贈る伝承歌

かみゆき

第1話

『異世界召喚』『異世界転生』

この言葉を聞いて心躍らない男はそうはいないだろう。

英雄になれる。

人々の羨望の眼差し、子供たちの憧れの眼差しをその身に集め、実際に活躍しては歓声、声援を受ける。

数々の偉業を達成して、歴史にその名を残す。

おまけに美しい姫なんかを奥さんに迎えて幸せな余生を過ごす。

きっとそれは素晴らしい体験に違いない。


果たして本当にそうだろうか?


魔王討伐。

ゲームなんかでは定番のクエスト。

名だたる強者を葬り続け、世界に恐れられた存在

『魔王』

数々の困難を乗り越え、その先の死闘を潜り抜け、ようやく魔王を葬る。

ゲームでは定番の流れだ。

ゲームでは。

それが現実になったら?

俺は異世界召喚によって、現実になった魔王討伐を体感することになった。


まず、ゲームではないこの世界では英雄召喚されるのは1人ではない。

召喚されてまず王さまに合う?

会わなかった。会ったのはずいぶん後だ。

召喚された後は速やかに適性やレベルを調べられた。

その後適した部署に配属された。

俺が配属されたのは魔法騎士団。

ゲームで俺が魔法戦士としてそれなりに高レベルプレイヤーだったから、それはわかる。

しかし、英雄として召喚されたのに、部隊の駒の一つとして動くことを学ばされた。

強制的に、だ。

拒否権はない、なかった。

目まぐるしく動いていく現実に流されたと言うべきか。

はたと正気にかえった時には既に、部隊の駒として戦場に立っていた。


戦場には多くの召喚英雄が戦っていて、魔王軍と激戦が繰り広げられていた。

そう、魔王軍なのだ。

この世界の魔物は統率されている。

ゲームのようにその辺をのさばっているわけではなく、しっかりとした指揮系統によって、統制されており、その戦いはまさしく戦争だった。


その後は転戦に次ぐ転戦で戦地を渡り歩いた。

俺の所属した魔法騎士団には多くの英雄たちが所属していて、厳しい戦線に出向いては挽回すると言うのが主な役割だった。

ある意味、英雄的なポジションではある。

しかし、有名になるのは個人名ではなく魔法騎士団であり、その騎士団を率いていた騎士団長だ。

騎士団長は高位貴族の御令息だ。

確か公爵家の次男だったと思う。

はっきりしないのは会ったことがないからだ。

団長とは名ばかりの名誉職みたいなもので、戦場になんて出てこない。

彼は陛下お膝元、王城にいて戦場での実務は副団長やその下の部隊長クラスが担っている。

魔法騎士団は1000人を超える大所帯で、1〜9番までの各隊が広い戦線に散り、転戦していた。

稀に後方で休息する事もあったが、一年の大半は前線で戦っていた。


俺は召喚される前は生粋の日本人で、戦争なんてのは対岸の火事どころか、はるか遠い世界の出来事だった。

そんなやわな日本人が曲がりなりにも何年も戦争し続けられたのはおそらく相手が魔物だったからだろう。

自分が殺す相手が人間ではなく魔物だったから、ある意味非現実的な存在だったから、ゲームで見た魔物がそのまま目の前にいたから、倒すことに忌避感は無かった。

むしろ爽快感すら感じた。

『これだ!これこそ異世界召喚の醍醐味だ!』

そうして、俺はその爽快感に溺れるように戦地を転戦し、戦果を上げた。上げ続けた。

ゲーム内でそれなりの高レベルプレイヤーであった事もあり、莫大な戦果を上げ続けた。

まあ、おかげで国王陛下にも会い、直接言葉もかけられたわけだが。

そうして俺は何年も戦地を渡り歩き、魔法騎士団の中でも高い評価を得た。正騎士長と言う騎士団の上位職を得て、想像した異世界召喚の物語とは違うが、それなりの満足感を得て、日々を過ごした。


魔王軍との戦いに終わりは見えず、既にこの世界に召喚されて何年経ったのかもわからなくなってきた頃の話だ。

俺は騎士団の中でも一目を置かれる立ち位置を確保し、厳しい戦場を転戦していた。

それでも、部隊の中では信頼できる仲間を得て、背中を預け合いながら、確かな自信を持って日々戦いに明け暮れていた。

「やー、今日のはヤバかったな。」

「流石にあのデカいのが3つ来た時は死ぬかと思ったわ。」

「ははっ、その割には余裕があったじゃねーか。」

「ばーか、戦場じゃ余裕をなくしたやつから死ぬんだよ。常に余裕を持っとけ。」

「お前がいるからな。ちゃんと持ってるよ。お前がいれば大丈夫ってな。」

「人頼りかよ。」

「いいんだよ。俺の幸運に感謝だな。」

こうして話してるコイツはゲイル。

かれこれ5年くらいの付き合いだ。

騎士爵家の三男だか四男だからしい。

魔法適性はあまり高くないがその分剣の腕がいい。

性格は軽いが戦いぶりは堅実で、勘所もいい。

だから俺と一緒に激戦を潜り抜け続けてきた。

「まあ、俺以外にもお前に感謝してる奴は多いぜ。今日なんかお前を見た途端に皆んな『助かった』みたいな顔してたからな。」

そう言いながら、ゲイルはどこからか持ってきた食料を取り出した。

「ほれ、お前の分。ここの分隊長がお前と俺に、だとさ。」

「悪いねぇ。」

前線なんて食糧不足なんてよくある話だ。

「野菜まであるぜ。」

「ありがたやありがたや。」

前線で野菜が食えるなんで稀だ。

いい分隊長だな。

「次はどこかね?」

「さあな?行けと言われたとこに行くだけさ。」

「違いないな。俺たちゃ戦争のコマの一つ。上が決めたとこに行って命を張るのがお役目ってな。」

「明日も生きたきゃ、これ食って早く寝ようや。流石にクタクタだ。」

俺たちは食料をかき込むと、ゴロンと横になる。

ゲイルが先か俺が先か。寝入るのに時間はかからない。


夜中にふと目が覚めた。

夜警以外のやつは寝静まっている。

陣地はさほど広くなく、500人程度が固まっている。

「おい。」

小声で呼びかけながらゲイルを揺り起こす。

「ん?朝か?」

「いや、まだ夜中だ。」

「なんだよ、なら寝かせてくれ。」

「いや、起きろ。何かおかしい。」

俺の様子にゲイルも目を覚ましたらしい。

目をこすりながら、あたりを見渡して目を覚ましている。

「何だ?」

「風がない。おまけに静かすぎる。」

「お前の勘か?」

「ああ、動けるか?時間はなさそうだぞ?」

「俺は隊長を起こす。」

「分隊は?」

「無理だ。お前も隊員を起こして回れ。」

「ああ。」

俺はちょっとした技能を持っている。

ゲームで得たユニークスキルだ。

その名も『レーダーマップ』

大して広くない範囲だが、敵の居どころがわかる優れものだ。

俺には伏兵すら把握される。

俺が生き残り続けているのもこのスキルによるところが大きい。

既にこの陣地は囲まれている。

魔法騎士団だけなら何とか脱出できるだろう。

そうして俺たち魔法騎士団は命からがら脱出し、分隊は全滅した。


慌てての脱出だ。

物資も乏しく、飲まず食わずて最も近い駐屯地に逃げ込んだ。

隊長が話をつけている間、俺たちはようやく一息ついた。

何しろ囲みを切り抜けるための激闘の後2日間飲まず食わず。

流石に疲労もピークだった。

それでも生きていることに感謝し、俺たちは束の間の休息を味わっていた。

「喜べ、一時帰還だ。」

隊長が唐突に言った。

どうやら一度王都に帰れるらしい。

家族のいるやつもいる。みんな喜んでいた。

ゲイルも嬉しそうだ。

俺たちは意気揚々と王都に戻り、そこで拘束された。


「一体何がどうなっているのかね?」

騎士団の宿舎に固めて入れられた俺たちは、やる事もなくゴロゴロとしていた。

「さあね、戦地から帰ったらこれだ。訳がわからんよ。」

ゲイルが暇を持て余して俺のところに入り浸っている。

外は近衛騎士達が固めていて、出る事もできない。

強行突破すれば出られるが、そんな事をしたらお尋ね者だ。

俺たちは燻っていた。

「まあ、休暇と思えばいいさ。少し戦いすぎた。」

「ろくな休みもなく5年だからな。一年くらい休んでもバチは当たらんな。」

「体が鈍ったら戦えなくなるけどな。」

「そしたら引退するさ。」

「できるかね?」

「さあ?」

そんなくだらない話をしていると、隊長があらわれた。

「話がある。」

それだけ告げて、俺を隊長の部屋まで引っ張って行った。


「悪い話といい話、どっちを先に聞く?」

「じゃあ、悪い方から。」

「お前に内通の容疑がかかった。」

「どこに?」

「魔王軍だ。」

「馬鹿な。」

「俺もそう言ったさ。お前の働きぶり、戦果、どう見てもそんな要素はないと。お前がどれだけ戦地で仲間を救ったか。敵を斬ったか。散々説明したさ。お偉方はそんな話には耳も貸さず、お前を投獄する気らしい。」

「はぁ?」

「投獄して、隷属契約でもさせるのだろう。便利な使い潰せる戦力とするために。」

「魔王でも討ちに行かせますか?」

「さあな?ろくな扱いにならんことは確かだろう。」

「ははっ。笑えない話ですね。」

「ここからは良い話だ。」

「何です?唐突に。」

「お前の年金を全部引き出してきた。慎ましく生きたら死ぬまで食うに困ることはないだろう。」

「何言ってんですか?」

「外の奴らは軟弱者で有名な近衛騎士団だ。お前なら出し抜くのも簡単だろう。」

「隊長。」

「俺から言えるのはこれだけだ。これは持ってけ。」

そう言うと重そうな袋を押し付ける。

「そう言えばさっき食料が搬入されてた。やや多めだったな。」

ここまでくれば隊長の言いたいことはわかる。

『この金と食料を持って逃げろ。』

と言うことだ。

無実の罪で奴隷にされちゃ敵わない。

俺は夜中に食料と金を持って王都を逃げ出した。


ユニークスキルと培った体力を駆使して国境を抜け、さらに国を二つ跨いだところで、俺はようやくひと心地ついた。

夜は歩き続け、昼間の人気のないところで寝る。

そんな生活を2ヶ月ほど送っていた。

時折食料を買いに街に寄って、情報収集をしたが、俺の話は聞けなかった。

部隊の話もなかったから、俺がいなくなって全滅したとかは無かったらしい。

相変わらず激戦が続く魔王との戦争は、世界規模での懸案事項で、どこにいても話が入ってくる。

俺は戦線と逆方向を目指して歩き続けた。


それから何ヶ月も歩き続け、俺は大陸の南の端の国にたどり着いた。

のどかで何もない。

そんな国だ。

農業と酪農が盛んな国。

そんな国端っこの街に俺は腰を落ち着けることにした。

と言っても、やる事はない。

家を借りて役場に行く。

とりあえず、何か仕事をしないと怪しまれる。

街に溶け込む事を考えた。

おおらかな人柄が多いのか、俺は簡単に受け入れられた。

街の警備の仕事が空いていたので、職を得たのも大きかった。

戦争に比べればケンカの仲裁なんか簡単なものだ。

真面目にこなしているうちに、信頼を得たのだろう。

20代後半の男が1人やってきたにも関わらず、この街は俺を受け入れてくれた。

毎日生きるか死ぬかの戦いもない。

いつ襲われるかわからずに、熟睡できない夜もない。

身に染み付いた血生臭さも薄れてきた。

俺はこの世界に来て初めて、緊張し続けていたことに気がついた。


そして何年経ったのだろうか?

平穏で変わり映えのない毎日は時間感覚を狂わせる。

頼り甲斐のある警備としての仕事を終え、住み慣れた家に帰る。

「よう、元英雄。」

ゲイルが家の前に立っていた。

「久しぶりだな。ちゃんと生きてるな?」

「勝手に殺すな。」

「お前はしぶとそうだからな。」

「お前がいなくなっても、ちゃんと生き抜いたさ。」

「まぁ、入れ。」

俺が促す。

「ああ、こんなところまで旅したからクタクタだ。当面世話になる。」

「部屋は空いてるからな。好きなだけいろ。」


ゲイルと共に簡単な夕食を共にして話をした。

あの後俺は脱走した事になったらしい。

単独で。

隊も隊長にもお咎めはなく、新たな召喚者を加えて戦線に復帰してらしい。

俺は脱走兵との扱いだが、そんな奴はごまんといる。

特に追われはしないそうだ。

ことの顛末としては、上層部が俺の存在を疎ましく思ったのではないか、と言っていた。

力をつけ、慕われ出した英雄は上層部の権力争いの邪魔にしかならない。

そう言うことらしい。

『実にくだらない』

ゲイルはそう言って憤慨していた。

「で、お前はいつ退役したんだ?」

「去年だよ。利き手をやられた。」

「酷くか?」

「いや、もう治ってるさ。だが歳だ。もう最前線で戦うには厳しくなった。」

「それで気ままな年金暮らしか?」

「そうだな。帰ったらお前みたく楽な仕事を探してのんびり余生を過ごすさ。」

相変わらず軽い調子だったが、穏やかな顔つきに変わっていた。

「それにしてもよくここに辿り着けたな?」

しっかりと足取りは判らないようにしてきたはずだ。

「ん?ああ、それな。俺のスキルだ。」

「あん?」

「言ってなかった?俺のスキル。『バディ』ってんだよ。」

「初耳だぞ?」

「そうだったか?俺のスキルは大したもんじゃない。相棒との息が合いやすくなったり、考えてることが何となくわかったり。あと、居場所がわかる。」

「はあ?」

「何となくいる方向と距離がわかるくらいだけどな。」

「それでここに辿り着けたのか?」

「お前が行った後、ずっとお前の居所は気にしてた。どこまで行くんだよってくらい行ってたから、くるのに時間がかかったぜ。」

やれやれ、コイツには敵わんな。

「まあ、元気そうで何よりだよ。生きてるのはわかってたがな。」

「戦地じゃないんだ、そう簡単に死ぬものかよ。」

「不死身の男だからな、お前。」

そう言って2人で酒をあおった。

ベロンベロンに酔っ払い、馬鹿話をしてゲイルは何日か過ごして帰って行った。


「お友達は帰られたのですか?」

街外れまで見送った後、声をかけられた。

お隣の未亡人だ。

「ええ、うるさくしてすみません。」

「いえいえ、とんでもない。あなたが越してきてくれてからこの辺りは住みやすくなりましたから。」

「また明日からは静かになりますので。」

「いえいえ、お気になさらずに。」

彼女からは俺が男手ということで時々頼られるくらいの間柄だ。

10歳になる娘さんと2人暮らし。

仕事は教師をしているらしい。

旦那さんは俺がこの街にたどり着く前に病で亡くなったと聞いた。

俺が知っているのはこのくらい。

時々最近嗜むようになった狩りの成果をお裾分けするくらいで大した交渉もない。

彼女はおっとりとした美人で、周りからは色々と言われている。

真面目な警備と未亡人の教師。

側から見たら何か起きるだろうと思えるのかもしれないが、あいにく長い戦争生活のせいか、女性との接し方なんてどこかにおき忘れてしまった。

それにいい加減中年に差し掛かった俺は今のままでいいかと思い始めている。

独身貴族を騙る気はないが、お隣と気まずいのも嫌だ。

この街に愛着もある。

気はあるのだが、実行できない。

ゲイルは俺を元英雄と言ってくれたが、こんな臆病者が英雄を騙るなんて笑わせる話だ。

1人になった家の中、何となく寂しさを覚えながら、グラスを傾ける。

ゲイルと飲み残した酒を煽りながら、この街特産のチーズを齧る。

昨日まで楽しく飲んでいたから、やや酒が味気ない。

だがそれもすぐに気にならなくなる。

人は慣れる生き物だから。

継ぎ足そうと瓶を持ち上げると空だった。

やれやれと思い腰を上げて残った酒があったかと探そうと思った矢先、ドアが控えめにノックされた。

「こんばんは。」

お隣の未亡人だ。

「どうかされました?」

外向きの顔で対応する。

「おじゃまでした?」

「いえいえ、1人で飲んでいただけですから。」

「お邪魔しても?」

「ええ、汚いところでよろしければ。」

「お言葉に甘えますね。」

彼女はあっさりと部屋に上がった。

暇な時間に掃除をする癖をつけたので、そんなに汚れてはいないはずだ。

「何か飲まれます?」

「実はこれを持ってきたんです。」

椅子をすすめ訪ねた言葉に、彼女はワインを取り出しながらイタズラっぽく笑った。

「お寂しいかと思って押しかけちゃいました。」

「あはは、お見通しですか。」

「ええ。未亡人も長いものですからね。」

真新しいグラスを二つ置くと、彼女がワインを満たす。

控えめに乾杯して、グラスを煽る。

「確かに少々酒が味気なく思っていたところでした。」

「ずいぶん楽しそうでしたものね。」

「すみません。」

「いいんですよ。久しぶりにお会いしたのでしょう?」

「ええ、何年ぶりだろうか。」

「貴方がここに越してから、初めてあなたを訪ねてきた方でしたから。」

「彼は戦友なんです。」

「ええ。」

「私、脱走兵でして。前線から戻るついでに逃げました。」

やや嘘を混ぜた。

「ええ。」

「何年も何年も戦いに明け暮れて。嫌気がさしたわけでもない、怖くなったのでもない。気がついたら逃げてました。」

「そうなんですね。」

「それから、前線から逃げるようにこちらまで流れて、ここに落ち着きました。」

「はい。」

「英雄に憧れて、でも英雄にはなれなくて。毎日は流されるように戦うだけの日々でした。でも戦友もできて、背中を預ける相棒もできたんです。」

「それが彼なんですね。」

「ええ。それでも、あいつを含め皆んなを残して逃げたんです。戦争から、舞台から、英雄になれない現実から。」

気づけば酒を煽りながら話したことない心のうちまで話していた。

「いや、お恥ずかしい。こんなこと話すつもりじゃなかったのに。」

でも本当は聞いて欲しかったのだ。

誰かに。

「いいんですよ。ご自分を責めなくて。あなたはちゃんと頑張りました。だからゲイルさんも訪ねてこられたんですよ。」

「そうでしょうか?」

「ええ。あなたは立派に戦い抜きました。やめ方が違っただけで、ちゃんと戦い抜けたんですよ。」

「本当は、逃げなきゃよかったのか、他にではなかったのかとか。」

「ええ。でもあなたは生きている。そしてここにいる。お友達も。それで充分じゃありませんか。」

彼女がそう言ってそっと俺を抱きしめる。

いつの間にか俺は泣いていたらしい。

「だから自分を許していいんですよ。」

その夜、俺は彼女に縋り付いて泣いた。


『実は待っていたんですよ?』

翌朝、目覚めたベッドの上で彼女が少し拗ねたように笑って言った。

周りから言われるうちに彼女もその気になっていたらしい。

なのに俺から何のアプローチがないので、昨夜お酒の力を借りる事にしたと、彼女が言った。

やはり俺に英雄は向いていない。

それでも、素敵な奥さんができそうだ。


長閑な町で、楽な仕事をして、時々趣味に精を出す。

憧れた英雄の物語は存在しなかった。

そもそも俺は英雄には向いていなかったらしい。

それでも、生き抜いた先にたどり着いたこの町で、俺は確かに得たものがある。

憧れた物語とは違うが、綺麗な奥さんと可愛い娘ができた。

魔王とは戦えなかったし、勝てなかっただろう。

そもそも戦争を終わらせることもできていない。

だが、俺なりに戦い抜いたと、今は思っている。

守れた命もたくさんあったと、自負できるくらいには思えるようになった。

英雄譚は残せなかったが、そのうち孫でもできたら聞かせてやろう。ジジイの自慢話を。

きっと彼女はやれやれと笑っているだろう。

だがそれでいいんだ。

それくらいがちょうどいい。

今日も仕事を終えれば綺麗な奥さんが美味い飯を作って待っている。

酒でも飲みながら、尻に敷かれる生活も悪くないもんだ。

これが俺の英雄讃歌。


英雄に憧れ、英雄になれなかった男に乾杯。

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