第3話

3


ここは凄く田舎で、海がメインの港町だ。

海の向かいには山が青々と生い茂りいくつかの少ない民家が密集してる。

通学は自転車がメインなんだけど、たまに楽がしたくてバスも使った。


その日は暑くて

夏真っ盛りなだけあって時間は7時を回っていたけど、周りはとても明るかった。

薄っすら夕焼けのオレンジに染まる雨ざらしの木製で出来た今にも崩れそうな屋根付きのバス停は本当にボロボロで、多分地元の人じゃないと、バスがちゃんと止まるかどうかさえ怪しい雰囲気を醸し出している。


俺はそこに向かって歩いていた。

先客がいる。

線の細い男性で足を組んで文庫本を読んでる。

彼の髪が潮風になびいていた。

俺はそっと隣に座る。

イヤホンをしたまま携帯ゲームを始めた。


『凄いね』

携帯に影が差して初めて顔を上げた。

覗き込むようにして俺をみる笑顔は目尻にクシャっと皺がよって、ニッと笑うと綺麗な歯が見えた。

「あ…これ?ですか?」

俺は慌ててイヤホンを片方だけ外した。

携帯画面をその男性に向ける。

『うわぁ…チカチカするね。…パズル?』


この携帯ゲーム…知らないのかな…有名だけど…そんなに年がいってるようにも見えないのに…

まるで初めて見るみたいに凝視する男性に面白くてクスっと笑ってしまう。

「携帯…持ってないとか?…」

『けい…たい?あぁ…そうだね。俺は持ってないんだ。』

チラリと男性を盗み見た。

上から下まで…どこか古風な感じ。

今、麻のシャツとか流行ってるらしいし…

なんだっけ…無印とか…あぁいう感じが好きなんだろうな…ロハス?なんだっけ…俺、あんまり洒落たヤツ分かんないしな…

「珍しいですね。…不便じゃないですか?」

自分でも不思議だった。

他人に対して大した興味が湧かない俺が彼に向かって質問を繰り出していたんだから。


『不便…なのかな?分からないけど…俺には今のところ必要ないみたいだね。ホラ、コイツがあるから』


文庫本はぼろぼろな上に夏目漱石の…坊ちゃん。


いや…悪かないよ?

たださ、チョイスがまた古風過ぎて…

俺は苦笑いしてしまった。



彼はまたクシャっと笑った。


「バス…来ないですね」

俺は傾き始めた陽を眺めながら呟いた。

『ここは数が少ないからね。』

「本当!学生がいるんだからもっと増やして欲しいですよ…田舎だから時間もいい加減なもんだし」

俺が足を投げ出して膨れると彼はクフフと独特な笑い方をしてそうだねぇと呟いた。


なんだろうな…この心地イイ感じ。

俺はそっと彼を覗いた。目が合ってドキッとする。微笑んだ彼は俺に問いかけた。

『名前は?聞いても?』

「えっ…あぁ…俺、二ノ宮和也っていいます」

『へぇ…和也って言うんだ』

「えぇ…まぁ、大体、初対面の人に書いて見せたら、カズヤって言われますけどね」

『どういう事?』

彼は眉間に皺を寄せ肩を竦める。

俺は携帯を早打ちしながら二ノ宮和也と打ち込んで見せた。

彼は俺が差し出す携帯を持つ腕を掴んで画面を凝視する。

『凄いね!!コレ!!』

俺は焦った。

掴まれた手の体温は酷く冷たくて一瞬ゾクリとしたせいかな…。

「携帯…見たことないんですか?」

『あ、あぁ…ごめんっ!あまり家から出なくてね』

彼の言い訳は何だか微妙だった。

家から出なくたってテレビでCMくらいは…

その後だった。

『カズヤって書いて…カズナリって読むんだね…カズヤ…カズナリか』

小さな声で何度かそう呟く。

『…和くんだね、君も』

「あ、はい」



君…も?



気にはなったけど聞く事が出来なかった。

まぁ、今日あったばかりの変わった人とこれだけ話したら十分と言えば


…十分だったから。

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