第61話

61


松岡が病室にやって来て、瑞季と何か話してた。

俺は別れ難くなるから、明日また来る約束をして病室を出ていた。


今更になって震える身体が歯をガチガチ鳴らした。

手も痺れたみたいに震えていて、俺は自分の手をもう片方の手で抑え込むように握り力を込めた。


生きていて良かった。

息をして、声が出て、俺を覚えていた。



もし…そうじゃなかったら



そう考えると全く身体の震えは止まらず、知らずの内に涙が滝のようにながれていた。

しゃくりあげて泣き出した俺を後ろから松岡が抱きしめる。

「杉野…良かったな」

掛けられた言葉に、涙腺も張り詰めていた神経も全部がプツリと音を立てて切れた。

松岡の胸元に飛びついて、小さな子供が親父にすがるみたいにしてワンワン泣いた。

『ぅ…ぅゔっうわぁぁぁ…ひっく…ぅゔ…うぁああぅゔっ』

「あぁ…よしよし、良く耐えたなぁ…ラーメンでも食って帰るか。…なぁ、杉野」



車の中は静かだった。

空はまだ昼間を惜しんでる。

俺の心はとっぷり日が暮れていたのにだ。


松岡オススメのラーメン屋に入って、カウンターでラーメンを啜った。

「おまえ、寮で食堂出禁食らってんだよな?」

掬った麺を箸に垂らしてこっちを向いた松岡。

『あぁ…うん。ちょっと…乱闘っつーか…』


ズズッ


俺はラーメンを啜った。

松岡も箸の麺を啜って、口をモゴモゴさせながら

「ひつまへら?でひんは」

『あぁ?何言ってんだよ…口に物入れて喋んなよな、行儀悪りぃぞ』


ゴチン


『いってぇー!何だよっ!』

「おまえ、俺が先生だって分かってんだろなぁ!えっらそうに!ビェンビェン大泣きしてたくせにぃ〜」

『ぁぁあっ!注意されたからって先生振りかざしてんじゃねぇよっ!』

「へへ〜んだ!だって先生だもんねぇ〜」

『くぅ〜っ!』

「とまぁ…遊びはこの辺にしといて、いつまでだ?出禁は」

松岡はさっきモゴモゴしてた事を言い直してきた。

『大したことないよ。…明日、一日終わったら解除だから。』

俺は苦笑いしてみせた。

「そうか…大事にならなくて良かったな。確か、寮長は大野だったか。アイツゆるゆるだけど…締める時バシッとやる奴だから…心配ないな。」

俺は無言で頷いた。

もう…何を言われても俺は平気だ。

乱闘騒ぎなんか起こさないさ。

瑞季が生きてる。

その事実があれば


俺はもう、何も怖くない。


怖いのは


アイツが側に居なくなる事。

アイツが離れている事。

単純で、簡単で、明白な


今…だけ。

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