第60話

60


病室の扉が開いて、昨日の若い看護師が入ってきた。

瑞季が握り締めるシャツを見て口を手で覆う。ギュッと閉じた目からはポロポロと涙が溢れて、震える声で呟いた。

「さっき…意識…戻ったって…戻ったって…ぅ」

「あなたっ!何泣いてるのっ!」

ベテラン看護師が若い看護師を叱りつける。

「すっすみません!私っ!」

『良いんですっ!あのっ!この人のおかげで…瑞季…意識戻ったと思うから…ありがとう。俺、あなたにめちゃくちゃ感謝してる。本当…ありがとう』

ベテランの看護師を制して若い看護師に頭を下げた。


「良かったです…本当…良かった。」

「後で診察があります。あまり長居はできませんからね!行くわよ」

ベテラン看護師が俺に忠告を残して若い看護師を連れ病室を出ていった。


瑞季の手を握って見る。

『瑞季…俺の事、分かるか?』

「生きてれば良いなんて…孝也は俺に…甘いんだよ…」


俺は深い息を吐いてベッドに顔を埋めた。


『分かるんだな…俺の事…』

「分かる…分かるよ」

瑞季の指先が俺の髪に触れた。

折れた腕の痛みを堪えながら俺に触れてくる。

俺はゆっくりベッドに手を突いて瑞季に口づけた。


「何で…何も聞かないんだよ」

『何回こんな事しても無駄だかんな…ジジィになるまで一緒に居てやるから!墓に入るまで一緒に居てやるから!お前はただ俺と居れば良いんだよ!分かったら……分かったら返事しろ!』

「ふふ…何それ…脅迫?…プロポーズ?」

俺はゆっくりキスを繰り返す。痛まないように…苦しくならないように…それでも今すぐに抱きたい程に何度も。


それから額を合わせて伝えた。

『脅迫込みのプロポーズだ。おまえは嫌だって言えない。分かったって言うんだよ』


瑞季は…

ハラハラと泣き出して

また

謝った。


謝りながら


「ごめ…ん…好きで…おまえが好きで…怖かった…ごめん…なさい…もう…もう離れ…たくない…」


涙と唾液と消毒薬の味


壊れそうな瑞季を優しく抱きしめてキスをして


小指を絡める。


『一生…おまえは俺のもんだ』

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