第59話

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授業は受けた。

ネクタイも注文した。

放課後になった。


松岡も文句ないだろう。


俺は裏門で制服のまま松岡の車がくるのを待っていた。


職員駐車場の方向から松岡の車が近づくのが見える。

窓が空いていて煙草を挟んだ指が見える。

「杉野っ!早く乗れっ!」

俺は大声で呼ばれ、車が停車する前にズルズル引きずられるようにドアを開き飛び乗った。

『んだよっ!!あっぶねぇなっ!!俺はスタントマンじゃねぇぞっ!』

「バーカッ!スタントマンじゃなくスーパーマンにでもなりやがれっ!市川が目、覚ましたっ!今連絡が入って錯乱状態だって!」

『さっ錯乱てなんだよっ!』

「るせぇーっ!さっさとシートベルト締めろっ!飛ばすぞっ!」

俺は動揺しながらもシートベルトを引っ張った。


松岡の運転は激しく乱暴で、掴まってないと車内で事故りそうだった。


病院に着くと、入り口に車を寄せて

「先行けっ!」

と俺を下ろした。

俺は車から飛び出して縺れる足を正しながら真っ直ぐの廊下、静かな角を曲がってICUの前に飛び出した。


中ではガタガタ震えながら2人の看護師に抑えられた瑞季が目だけで俺を捉えた。


俺は扉を開けてゆっくり歩みよる。

瑞季が俺をジッと見つめる。


手には


俺のシャツ。


『瑞季…』

「…ごめ…ん…ごめん」


骨折した場所が多くて起き上がれない筈なのに身体を起こそうと歯を食いしばる瑞季。


看護師が体を支えながら叫ぶ。

「ダメですっ!!動かないでっ!!」

俺は近づいてそおっと瑞季を抱きしめた。

バタバタしていた瑞季がピタリと静止して、シーツに背中をゆっくり戻す。


『瑞季…分かるか?俺の事…』

「さっきまでここが何処かも分かって無かったわ。あまり刺激は良くないの!あなたの事だって!分からない事も考えられるから!」

看護師が絶対安静だと俺に荒々しく忠告する。


俺は微笑んで看護師に呟いた。


『俺の事…忘れてたって良いんですよ。…生きてれば…忘れてたって良いんです』



それは



心からの……本心なんだよ。

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