第54話

54



寮には勿論、規則がある。

ルールは厳しく…破れば処罰だってされる。


俺はその日、乱闘騒ぎを起こした原因を口にせず、寮長は随分困った顔をして頭を掻きながら厳罰だ…と言い渡され、反省文を書いて食堂の利用を三日間停止にされた。

「市川の噂だろ?…分かっちゃいるが、暴れちまったおまえを無罪放免にするわけにもいかねぇんだわ…もう…あんなのは無視しろ…良いな!噂なんて…じきに消える。」

寮長は頼むぞっと苦笑いして俺を寮長室から出した。


食事は学校の学食で調達するか、自分で買い込んだカップ麺なんかで賄わないとならないらしい。


正直、そんな事はどうでも良かった。

学校に出る気力が無くなって、寮の部屋で静かに時間が過ぎるのを待った。

放課後…裏門に行くまで…。



時間は鉛の重りでもつけられたんだろうか…

時計の針は一向に動かず、あっちを向きこっちを向き…ベッドで寝返りを繰り返した。


夕方になってもまだ外が明るい。

俺はノロノロと裏門に向かった。

そこに松岡の車がちゃんと止まっていたんだけど、中から出てきた松岡は俺を乗せないと叱った。


『バカ言うなよ!!俺がどれだけ待ったと』

「何が待ってただ!てめぇは寮で一日中ゴロゴロ逃げてただけだろがっ!!だからクソガキっつーんだよっ!!やる事やってから市川に会えよっ!!」

『…っっくっそ…』

俺は吐き捨てて拳を握った。

「……頭冷えたか…乗れ、クソガキ」

俺はそれ以上反論しなかった。

車の助手席側に周り、ドアを開いて乗り込む。

「何でもするっつったよな。」

俺は走り出した車の中で小さく頷いた。

「だったら、学校はちゃんと来い。おまえ、寮でも暴れたらしいじゃねぇか…学校に来なかったら余計に詮索されるだけだ。今は普通に…普通の生活を心がけろ。おまえも市川もただでさえ目立つんだ。…おまえ、守るっつったならシャキッとしろよ!」

俺は松岡の言葉に深い溜息を吐いた。

『守るって…どうしたらいいのかな…クソガキに分かるように…教えてよ…』


松岡はチラッと俺を見て、ポンポンと頭を撫でると何も言わずハンドルを切った。


何も

教えてくれなかった。


大人は

いつだってズルい。


病院に着いて、車から降りると俺は松岡の後に続いた。


ガラス張りの…鳥籠みたいだ。

沢山の鎖に繋がれて



もう飛べない鳥が見える。

羽の色がミルクティー色。

身体は白くて、くちばしが小さい薄い桜色をしている。

俺の


大切な鳥。


「行って来い…俺は売店の横の喫茶店に居るから」

『…はい。』


看護師は中に入る俺に消毒だけすすめると離れて行った。


丸椅子に座って、ベッドに頬を寝かす。


『今日…寮で暴れちゃってさ…反省文と食堂の出禁食らったんだぁ…ネクタイ…どっかいっちゃって…結ばなくてすみそうだわ…あ、学校サボったら松岡に怒られたよ…何か一日で俺、すげぇ問題児じゃん…おまえ……居ないからさ…』

目を閉じて瑞季の手を握る。

柔らかくて…冷たい…細くて長い指…小指から順に掴んで撫でる。

『なぁ…何で…寝てんの?…俺、おまえの声聞きたいよ…目、開けろよ…俺の顔、好きって言ったじゃんか…何でこんな…』


「すみません…そろそろ」


看護師が俺の背中にソッと触れた。


ベッドから上半身を起こして看護師を見上げる。

『あの…』

「はい?」

『コイツの親…来ましたか?』

「………いえ、今日はあなたが初めての面会よ」


『ふふ…そっすか…ハハ…あぁ…俺ね、こいつの恋人なんです。兄なんかじゃ…ないんです。俺の恋人です。』


俺は


何を


誇示してるんだろうか


看護師は両手で口を抑えて驚いた顔をしていた。


『どうか、宜しくお願いします』

俺は頭を深く下げて部屋を出た。

後ろから看護師が俺を呼び止める。

「あっ!!あのっ!」

『…はい』

ゆっくり振り返ると、まだ新米にも見える若い看護師が言った。

「何か…何かあなたの物…ありませんか?」

『…ぇ?…』

「あなたの匂がするものでも、何でも…もしかしたらそういうので、意識!戻るかもしれませんしっ!!ぁ…ごめんなさい…あの」

俺はTシャツの上に重ねて羽織っていたシャツを脱いだ。

『ハンカチとか…持ってなくて…』

苦笑いして、ズイッとシャツを突き出す。

看護師は首をブンブン左右に振ってシャツを受け取った。

「市川くんに…掛けておきます。ハンカチなんかより、ずっといいわ…ね?」


俺は…泣きそうになるのを堪えてもう一度頭を下げた。


まるで動かない瑞季を…振り返らなかった。


喫茶店に居た松岡が立ち上がる。

俺は無言で首を左右に振った。

そのまま車に乗り込み、流れる景色をぼんやり見ていたら

「あれ?おまえシャツ羽織ってなかったか?」

『あぁ…お節介の看護師に預けた』

「フッ…なんだそりゃ」

『へへ…なんだろなぁ…』

そういいながら、苦笑いした。

松岡が吸う煙草の煙りが車内に充満して


目にしみた。

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