第50話
50
病院の駐車場のゲートを潜って入り口に近い場所に駐車する松岡。
サイドブレーキを踏んで
「行くぞ」
と声をかけられた。
俺は俯いたまま動かず、組んだ手が震えてる事だけにしか理解が追いついてなかった。
「おい………おいっ!杉野っ!」
運転席から俺のシートベルトをガチャガチャ外しにかかる松岡。
「行くぞっ!!」
俺は身体を丸めて小さくなった。
『先生…俺っ…俺…生きていけない』
「あ?何言ってんだ」
『瑞季が居なきゃ生きて行けないっっ!!こえーんだよっ!!もしっ!もしっ!』
パンッ
左頬に痛みが走る。
松岡が平手で俺をぶっていた。
俺はただ力なく俯く。
「おっまえさぁ…市川の事好きなんだろ?!どーせクソガキのくせして、守ってやるとか、ずっと一緒だとか言ってたんだろがっ!」
『…ぅ…せぇなぁ…言ってたよ!だからなんだよ!!俺たちはもうガキじゃねぇっ!!ちゃんと…ちゃんと約束したんだっ!!ちゃんと…』
「だったらっ!!チンタラしてんじゃねぇよっ!」
バンッと肩を叩かれて松岡が大雨の中救急入り口に向かって走って行く。
俺は唇を噛んで車を勢いよく降りた。
『くそったれ!』
入り口までの少しの距離なのに、制服はビショ濡れになって、院内の空調が身体を冷やした。
ナースステーションで松岡が話をしている少し後ろで震える身体を自分の腕で抑えつけていた。
松岡が振り返り、俺を見て
「寒いか?これ着てろ」
ジャージの上着を肩に掛けてくれた。
それを引き寄せ松岡が歩き出した後を追う。
真っ直ぐ続く廊下、すれ違う入院患者、鼻に慣れない薬品臭、不気味に静かな曲がり角…
そこはガラス張りになっていて、中には6台程のベッドが並び、何台かは埋まっていて、看護師が忙しそうに中を動き回っていた。
「左から二番目だ。」
機械に繋がれた瑞季が見える。
色が白くて、髪がミルクティーみたいな色をしていて…擦り傷はあったけど、いつも通り綺麗な顔で、眠ってるだけに見えた。
「幸い頭部に大きな損傷はなかったらしい。ただ意識が戻らないのと、身体の骨は至る所が折れてる。内臓を突き破らなかったのが奇跡的な事だって…アイツついてるよ。飛び降りた時、ホロを張ったトラックに落ちてから地面に転がったみたいだ。トラックが通らなかったら…完全にアウトだった」
俺はハァーーッッと息を吐いて座り込んだ。
頭を抱えてうずくまる。
『先生…瑞季の…親は?』
くぐもった声が静かな廊下に落ちる。
「明日行くと…さっき学校に連絡があった。」
俺は、怒りを抑えきらず後ろの壁を殴った。
「杉野っ!」
『瑞季は…俺が貰う。俺が家族だっ!俺がっ!!あんな奴等っ!絶対認めないっ!瑞季の家族だなんてっ!認めてやらないっ!!くそっ!!くそっ!!』
「杉野っ!病院だっ…静かに…落ち着け」
松岡が目の前にしゃがんで俺の肩を掴む。
「待ってろ」
松岡は看護師を手招きする。何やら話をして、俺を呼んだ。
耳元で、
「おまえは兄だ、いいな」
というから、小さく頷くと、透明の扉が開いて看護師が出てきた。
「まず手指の消毒を…時間はあまり長く取れません。他の緊急を要する患者様もいらっしゃいますから、静かにお願いしますね。ではどうぞ」
俺はスプレーで手を消毒して松岡を振り返った。
松岡は頷く。
俺も頷くと、中に入った。
看護師が離れていく。
側にあった丸椅子にゆっくりぎこちなく座った。
指先で長い睫毛を撫で、紫に変色した頰をなぞる。
唇にやんわり指で触れて…
『瑞季…』
名前を呼んだら、急に苦しくなって、涙が溢れて言葉にならなかった。
『瑞季…瑞季…』
こんなに人の名前が
愛しいと感じた事はない。
俺は瑞季の頰に手をかける。
『俺、ネクタイ結べないの…知ってるだろ』
明日っから…どうすんだよ…バカ野郎…
バカ野郎…
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