第47話

47



毎日…

あれから毎日…

俺達は手を繋いだり、抱きしめあったり、キスをしたり、勿論身体を重ねたりした。


なのに…パックリ開いた傷口は全然埋まる事はなかった。


瑞季が一度言った事がある。


好きになる程、怖い。


俺は初めて、それを知った。

降り続く雨の季節が長かったせいか瑞季の背中の傷に響いて、チューブの薬が無くなった。

使い込んだアルミのチューブはガタガタで、もうどんなに押し出しても薬は出なかった。


「病院に行く。」

瑞季がそう言ったのはやっぱり雨足の激しい日で、痛む背中の傷にうなされながら、我慢していた。

月曜日、学校を休んで行くって言い出すから、俺も付いて行くって言った。

そしたら…


病院くらい一人でいけるわ、バーカ!って言うから…仕方なく引き下がった。


瑞季にだって男のプライドはあるわけで…

何もかもベッタリなんておかしな話だ。



『じゃ、明日学校休むんだな?』

「…うん。」


(気づかなかったんだ。)


『じゃ、松岡には連絡しとく』

「…うん。」

『何?…背中、今、痛い?』

浮かない表情で生返事をする瑞季に問いかける。


「あぁ…いや、今は大丈夫。孝也…」

『ん?』

瑞季は見ていたパソコンをパタンと閉じた。



梅雨が明けない…七月の初旬…。


ザァーっと一定の雨音。

勝手口から見える桜の木が雨に打たれてパタパタと雫を降らす。


フローリングに座って勝手口を開け煙草を吸う俺に瑞季が近づいてきた。


『どうした?もう、眠いか?』


消灯の点呼は済んでいた。



(気づかなかったんだ…俺は。)



首にギュッと腕を絡め抱きついてくる。

俺は煙草を空き缶に入れ、瑞季を抱きしめた。



(本当に…何も?)



瑞季は熱く唇を重ね、息も上がる程深くキスを繰り返す。



(俺がバカな事を…瑞季は1番良く知ってるくせに)



『んぅっ…っはぁ…瑞季…したいの?』

「……したい。…孝也のさ…一番愛してるが伝わるやり方で…して」


突然何を言い出すかと思ったら、恥ずかしそうにそんな事を言って顔を隠すように抱きついてくるから、クスクス笑ってしまった。


『心外じゃね?毎回一番のやり方なんですけど…』

「ふふ…足んねぇんだよ。」

『言いやがったな、後悔すんなよ』

俺は首筋に顔を埋めながら呟いた。


瑞季の体臭なんだと思う。

まるで赤ちゃんみたいな…それに付け加えて甘く誘うような香り。

俺はそれが堪らなく好きで、スゥっとそれを吸い込んだ。


(気付くべきだった)



瑞季の甘い声


瑞季の華奢な腕


腰、指先、舌の温度…


突き上げた時の、愛しい感じる表情…。



(まだ大人になり切らない俺を…試したかったのか?)



何度も  何度も…


おまえと結ばれて重なって果てた後、瑞季は少し泣いていた。

最近情緒が安定しない。

松木の一件以来、憂鬱な思考が瑞季を襲っているのは分かっていた。

だからこそ、沢山…沢山沢山愛し合った。

沢山沢山満たしあってるはずだった。



(気づかなかったんだ…)



翌日…瑞季が休んだ学校で授業を受ける俺が松岡に呼び出された。


市川の件で…と。


ルームメイトだから

幼馴染みだから

実家が隣りだから


いや違う

違う

恋人だからだよ…



(もっとちゃんと、俺は気づくべきだった)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る