第46話

46


眠れない

眠れない深く熱く湿る夜。


アダムとイブは林檎を齧り、楽園を追放され、地獄に落ちる。


それから?


なぁ…それから二人はどうなったんだ…。


そこから鮮明な物語りが無いなら…いや、たとえあったとしても…

この世界で出会った俺とおまえは、もうここからが始まりだろ?


『瑞季…全部…全部やるから。俺の全部。だから…今日みたいな事、二度と言わないでくれ』

ベッドで後ろから抱きしめて耳元で囁く。

「全部…」

『全部』

「孝也…好きってさ、何だと思う?」

華奢な背中にピッタリ身を寄せて首の後ろにキスをした。

『……俺の好きはおまえだよ。…好きが何かって…瑞季だけに決まってんだろ』

腕の中でクルッと向きを変えて俺と向き合う瑞季。

「おまえは…本当に怖いよ…こんなに好きにしかならないなんて…苦しい。俺、苦しいわ。…好きで、おまえが好きで好きで好きでっ!くそっ………何にも要らないなんて思ってる。おまえが居るなら…なぁ…どーしたらいんだよっ!どーしたら…」

瑞季は俺の胸元のシャツを掴んでグラグラ揺らし、額をギュッと押し付けて、力ない拳で胸を叩いた。


ドン…ドン…


三回目の拳を掴んでゆっくり引き寄せ抱きしめる。


幸せに慣れてない瑞季が、怯えているんだ。

俺が助けなくちゃ、誰も瑞季を救えない。


『瑞季…心配いらない。おまえは俺の側に居ればいいんだよ。何も心配いらないよ』


優しく優しく髪を撫でる手と

優しく優しく身体を抱く腕は


どうしてこんな


無力感しか

無いんだろう。


どうやったら

瑞季を安心させてやれるんだろう。

幸せを教えてやりたい。安心をあげたい。ただそれだけなのに…上手くいかない。


俺達は何かに少し疲れて眠った。

まさか、松木の過去の傷が、俺達にこんな影を落とすなんて思いもしなかった。


変えられない過去と

揺るぎない今と

不確かな未来…


俺達は揺らいで 移ろいで 変化していく


瑞季を離したくない


ただそれだけじゃ

ダメになるのかな…

ダメに

なるのかな…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る