第43話

43


寮に帰って着替えを済ませる。

「どっか行くのか?」

『瑞季も来てくんないかな…』

ベッドで寝転んでいた瑞季はゆっくり起き上がり肩を竦め諦めたみたいに呟いた。

「わぁーったよ」


隣の102号室、相葉と二宮の部屋をノックする。

コンコン

『はーい』

相葉の鼻に掛かった声が返って来て俺は扉を開いた。

ネクタイをハンガーに掛けながらキョトンとした表情の相葉と、窓に向かって置かれたデスクの椅子に座わりながらこちらを振り返る二宮。

『よ、よぉ』

『杉野!どうしたの?あ、市川もいる?どーぞ入んなよ』

「ぉ…お邪魔…します。」

瑞季が小さな声で挨拶する。

俺は何だかそれだけでゾクッとして愛しくてたまらなかった。

瑞季は何せ人見知りだ。

それでいて口も悪い。付けてこの見た目が人を寄せ付けないから俺以外と話すなんて、まぁ無いに等しい。それなのに、俺について来た。

何だか堪らなく可愛いくて仕方なかった。

俺達は中に案内され、ベッドに並んで腰掛ける。

二宮は椅子の背もたれに手を掛けて振り返ったまま動かない。

相葉は向かいのベッドに掛けながら

『何かあった?』

なんてニッコリ微笑む。お人好しが顔面から溢れ出るタイプだ。

『実は…松木の事なんだ』

二宮と相葉が顔を合わせた。

それから、二宮が

「ごめんね…潤くんが迷惑かけちゃって…」

と状況を分かっているように話した。

『あ、いや…迷惑っつーか…アイツさ…他に好きな奴が居るのに俺に絡んで来るんだよ…』

「え?」

俺の言葉にビックリする二宮。

「潤くんから何か聞いたの?」

俺は一瞬だけ瑞季と目を合わせ、それから二宮に視線を移す。

『いや…聞いてない!勘だ。』

『ア…ハハ…勘も、大事だよね、うん』

俺は腕を組んで続ける。

『アイツさ、桜ノ宮が好きだと思うんだ』

『なっ!何で!!!何でそう思うの!』

今度は相葉が食いついてきた。身を乗り出して俺を見つめる。

『ぁ…えっと…その…』

「根拠ねぇのかよ…ったく」

瑞季が肩を落とす。

『いや、分かんだよ!何か、気を引こうとしてるって感じで。』

「だったら良いなぁ…ね、まーくん」

二宮が呟いた。

『ぁ…うん!…実は翔ちゃん…潤くんに惚れてるからさ』

「アイツ…何かあった?…孝也が言うには、今のアイツは偽物っぽいって話だけど」

瑞季が二宮をチラッと見つめる。

二宮は俯いて頷いた。

「中学の時、付き合ってた人が居て…悲しい別れ方…振られ方して…ちょっとおかしくなっちゃってさ。一途な奴だったんだけど、相手、政略結婚…予告もなく捨てられて…でもね、将来ずっと一緒に居ようって言われてた人で…その…市川と杉野2人に凄く雰囲気が似てたんだ。…離れるわけ無いって思ってたよ。だけど、圧力が凄かったんだろうね…2人は終わって…あんなになっちゃって…」

俺は溜息を吐いた。

瑞季が俺を見上げてくる。

俺は瑞季の髪を優しく撫でて苦笑いした。

『だからか…俺達に絡んで壊したいとでも思ってんだな…生憎俺達は金持ちでも何でもねぇからなぁ、別れる理由がない…俺達は壊れない…』

「孝也っ…」

『隠さなくたって良いだろ…分かってる事なんだから…甘えてんのな…桜ノ宮に。』

『…甘え?翔ちゃんに?』

『そ、桜ノ宮が優しいからだろ、きっと。怖いんじゃね?また無くすのが…だから試してる。桜ノ宮に酷い自分を魅せて、どんな反応するのか…同時にさ…酷い自分魅せて嫌われてたら楽だって。自分の気持ちにブレーキでも掛けてるつもりなんだろ…面倒臭い奴だな…』

俺はもう一度溜息を吐く。

『芝居の一つでも打てば良いんだろうけど、それじゃ、松木にバレた時、桜ノ宮の信用が無くなっちまうしな』

「おまえが松木を好きなフリでもすんのかよ…」

瑞季がムスッと呟くと、相葉がまぁまぁと宥めて続けた。

『話出来て良かったよ!つまり、潤くんは翔ちゃんが好きっぽくて、翔ちゃんは潤くんが好き!で!杉野と市川が潤くんの過去の人との関係性が…雰囲気が…似てるからって潤くんは…ずっとなんて無いって二人の邪魔をしようとしてるって事だね』

「だな…めんどくせ…」

瑞季が呟くと二宮が苦笑いして

「ごめんね、市川」

とまた謝った。

瑞季は二宮から視線を逸らして

「…ぃ…いいよ別に」

と呟く。


くっ!クッソ可愛い…やべぇ…部屋戻ったら我慢出来ねぇかも。



瑞季が一生懸命人付き合いしようとしてる様は、まるで野良の子猫がミルクを貰っておずおずと躊躇いながらもそれに口をつける姿に似ていた。


『俺達は何で松木があんなか分かったからまぁ、内輪で揉める事はないと思う。聞きに来て良かったよ。じゃ、後はそっちでちゃんと桜ノ宮と松木をくっつけてくれよ。俺は妙なヤキモチでコイツを心配させんのはごめんだから。』

そう言って立ち上がる。


二宮と相葉は顔を見合わせてから、俺達に向かって頷いた。

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