第27話

27


昼休憩のチャイムが鳴り響くと、俺は静かに席を立って瑞季の席へ向かう。

学食でパンを幾つか買うつもりが、相葉が二宮を俺たちに預けて戦に出てくれた。

二宮に聞いたら、猛ダッシュにもう着いて行けなかったらしい。

戻ってきた相葉は胸にパンを沢山抱えて腕は傷塗れだった。

四つ分けて貰って金を払う。

『何か悪いな。』

『いいの、いいの!ニノ見ててくれてありがとうね!じゃ!』

二人と別れて外へ出た。

日差しは春の影を潜めて、揺ら揺らと先を揺らす熱量は夏の足音を響かせていた。


まだ…胸の奥がチリチリと嫉妬で焦げる。

隣りでパンを齧る瑞季。

つい数時間前に…俺達の形は幼馴染みから恋人に変わった。

目に見えない不確かな関係は…身体に触れたい衝動を煽っている…。


「孝也…」

『ん?…どうした?』

「…いや、何でもない」


あぁ…きっと…

この不安を抱いてるのは俺だけじゃない。

『瑞季….』

「何?」

『怖いか?…』

「…二年が?…それとも…おまえの事かよ」

俺は挑戦的に顎を上げる瑞季に生唾を飲み込んだ。

強い意志の現れを感じて、こっちが怖気付いてしまうような…綺麗な瞳だ。

『さぁ…どっちだろ…』

俺は俯いた。

視線を逸らすのに精一杯の俺の膝の上に瑞季がゴロンと横たわる。

下から俺を見上げて

「孝也…キスして」

ギュンと胸を掴まれる。

俺は一度周りを見渡した。

「怖がってんのは…おまえだろ?」

瑞季がクスクス笑いながら呟いて、俺の頬に手を掛けた。

『そんなわけ!…』

「ないなら…キスしろよ」

ギラッと射抜くような印象的な目…。言い出したらきかない…ワガママな俺の瑞季。

俺は溜息を吐く。

煽ってくる膝枕の瑞季にゆっくり…口づけた。

静かに…鳥の囀りが聞こえる。

風の音がする。

青い草木が臆病な俺を笑うように鳴った。

ゆっくり舌先を差し込む。

瑞季の中に入った身体の一部は、まるで溶かされていくようで、恍惚とする感覚が止められなかった。

「……ンゥ…ハァ…」

我慢しきれない思いを押し殺してチュッと額にキスをして離れた。

「…カレーパンの味…」

瑞季はプッと吹き出しながら俺の腹に顔を埋めた。笑ってるくせに…きっと照れてるんだ。白い白い首筋が赤く染まってる。

俺はそのサラサラの髪を撫でながら、恥ずかしくてボヤいた。

『るせぇなぁ…おまえだってチョコの味がしてんだからな!』

最後に食べていたチョコレートデニッシュ。

瑞季の好きなパンの味。

「…孝也…ごめんな」

『な、何謝ってんだよ』

瑞季はギュッと俺のシャツを握りながら腹に顔を埋める。

表情が全く見えない。

「…ううん…何となく…気にすんなよ…ただ…本当、ごめん」

『おまえ…まさか俺の事、巻き込んだとか思ってる?』

瑞季の髪を撫でながら呟いた。

瑞季がピクッと肩を揺らす。


あぁ…

やっぱりだ。


こいつ、俺が勢いで好きだとか言ってると思ってる。

『おまえ…俺から逃れると思うなよ』

俺は低く呟いた。


それから、首筋の1番良く見える場所に噛み付くように唇を当てた。

「孝っ也っ!痛っ!!」

『おまえは…俺のなんだろ?』

吸い付いた白い肌には真っ赤に鬱血したキスマーク。

決して薄くない真っ赤な花弁だ。

瑞季は首筋を押さえながら起き上がった。

フルフルと唇を震わせながら…俺の肩に額を寝かす。

俺は泣き出した瑞季の髪を撫でながら、呟いた。

『エデンを追放される前に…アダムとイブが覚えた事…俺たち…してないな』

クスッと笑うと、瑞季が鼻を啜りながら笑った。

そして、俺の肩に寝かしていた額を起こすと、首筋に唇を寄せて、やり返しとばかりにキスマークをつけてきた。

「孝也…スケベだな。」

『あぁ…男の子ですからねぇ、ふふ』

瑞季の肩を掴んでしっかり正面からキスをした。


おまえが、俺の気持ちを勢いだとか思えなくなるように…

おまえが、俺の気持ちをちゃんと理解できるように…

沢山…沢山…


こうして…伝えて行くから。

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