第26話

26


準備室を出て、保健室に向かった。

体育の授業中、俺が転んだ事にして左頰を冷やす為に貰った保冷剤を瑞季の手首に当てがった。

教室に戻って、先に着替えを済ませ、窓際の瑞季の席に椅子を寄せて、二人机に突っ伏して日向ぼっこをした。

休み時間に入ってクラスメイトが戻ってくる。

『あれ…途中居ないって気づいたんだけど、サボってたんだ。』

相葉が話しかけてくる。

瑞季はぴくりとも動かない。

俺は顔を上げて頷いた。

それから、瑞季の手に軽く触れて席を離れた。

教室の窓際とは反対側に相葉を引っ張って行き、耳元で呟いた。

『驚いたり、騒いだりしないでくれ。』

「う、うん」

『さっき瑞季が二年に襲われた。間一髪だった。…二宮…気をつけて見とけよ。』

相葉は驚きを口に出しそうになるのを手で押さえ込んでいた。

窓際の瑞季は机に突っ伏したまま窓の外を眺めている。

風に揺れて絹糸みたいに光を受けた髪がキラキラと光っていた。

「大丈夫だったの?」

『あぁ…ギリギリだった。ほんの少し目を離した隙にだ。』

「も、もしかしてそれで左側赤くなってる?」

『あぁ…一発食らった。瑞季が止めなきゃ、あいつら…絶対許さなかったけど…考えたら、あそこで止められて無かったら、俺、停学になってた。瑞季を何日も一人にするところだった。今は…一緒に居なきゃならない。絶対に。』

「…美人狩り…すっかり諦めたんだと思ってたよ…」

相葉が俯いてポツリと呟いた。

『美人狩り?』

俺が問いかけると、苦笑いする相葉。

「あぁ、ホラ、ニノも市川も美人だから。俺が勝手に」

『なるほどね。…だけど、本当、馬鹿げてる。女の代わりにしようなんて…あ、そうだ。俺、松岡に相談したら、ニコイチで居るのが1番だって言われた。あとな、特別棟にある美術準備室…逃げ場に鍵を開けてくれてる。もし、追われたりしたら、振り切ってそこに隠れて静かにしてるんだ。鍵を中から掛けて。』

「あ、ありがとう!助かるよ」

『あぁ…でもお楽しみに使うと叱られるから気をつけろよ。』

「おっお楽しみって!」

『あれ?違うのか?』

「違うって何がだよ?」

『二宮…恋人じゃないのか?』

俺の問いかけに真っ赤になる相葉。それから俯いて小さな声で言った。

「そんなんじゃないよ…俺達は…杉野と市川は…その…」

口籠る相葉に…俺は呟いた。

『大切な人だよ…瑞季は…俺の大切な人だ』

視線を合わせると一瞬ビックリした顔をして、パッと顔を逸らすと

「だと思った。凄いお似合いなんだもん。市川…杉野の事良く見てるし…あ、誤解しないでね!ニノと市川を守らなきゃって思って、ちょくちょく市川が視界に入っただけだから。」

相葉が慌てた風に両手をブンブン胸の前で振る。

『アハハ、誤解なんかしねぇよ。俺、おまえの事は信頼してるつもりだから。瑞季の事も、知らせてくれたし…これからも頼むよ。口は悪いけどいい奴なんだ』

俺が苦笑いすると、相葉は柔らかく微笑んで

「うん!こちらこそだよ!」

と言った。

じゃ、と軽く手を上げて相葉から離れる。

瑞季の机に近づいて肩に触れる。

ピクッと揺れて、突っ伏していた腕から少しだけ顔をあげた。

『昼、パン買いに行こうな…』

瑞季はコクンと頷くとまた腕に頰を寝かせて窓の外を見ていた。


瑞季のブレザーから少し覗く手首の痣を隠すように袖を軽く引っ張ってソレを隠した。

その俺の指先に誰にも見つからないように…瑞季が唇を掠めて…


俺は今にも瑞季を壊しそうな程、抱きしめたい衝動に駆られて…どうしょうもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る