第18話

18



美術…かぁ…

松岡が…

美術……………っっ!!!


絵だ!

瑞季が居そうな所!!

俺は薄暗い階段を一気に踊り場まで飛び降りた。

上靴が薄くて、足の裏がジンと痛んだけど、すぐ走り出す。

この学校は古い絵画が沢山飾られてあって、特に美術室のある階はあちこちに絵が掛かってた。

校内案内の時、クラス単位で動いてたから、特別教室を回って歩いた時はじっくり見て回れなかった。

あの時の瑞季は後ろ髪引かれるような表情で、並ぶ列に従って歩いてたんだ。


バタバタと走って、特別棟の美術室がある階を目指す。

階段を駆け上がったら、廊下の奥に、壁に向かって立ち尽くす瑞季が居た。そこにはアンティーク調の燻んだゴールドの額縁に包まれた大きな絵が飾られている。


俺は上がりきった息を必死に整える。

膝に両手を突いてふぅ…と息を吐き捨てた。

ゆっくり立ち上がって、瑞季の側に近づく。

瑞季は一度も俺を振り返らず話し始めた。

「アダムとイブの絵だ…ティツィアーノ…知らないかぁ…」

絵を見ながら呟く瑞季。

『…知らないなぁ…』

「フランダースの犬知ってんだろ?」

『あぁ…ネロ〜っだろ?』

「ハハ…そうそう、そのネロが憧れた画家のルーベンスが憧れた画家…がティツィアーノ。」

『ふふ…ややこしぃ…』

「確かに…ややこしぃ、でも……綺麗だなぁ…」

俺はそう呟く瑞季の横顔を見つめた。

『さっき…ごめんな』

「謝んなくていいよ…別に孝也は悪くない。俺が…悪いんだ。…この絵さ、イブがこの子供に林檎を食べるようにそそのかされてるんだ。他の画家の絵だと蛇なんだけどな。禁断の果実…神に食べちゃダメって言われてたのに…イブは食べてしまう。でさ、イブの奴、自分が食べて大丈夫だったからアダムにも食べるように分け与えたんだ。林檎は女性器…イブをそそのかした子供、蛇は男性器…二人は林檎を齧って…SEXを覚えた…。イブが誘ったんだよ…SEXしよって…くっそエロい話だよな」


俺は瑞季の瞳が鈍く光ったのを見て、ゴクッと喉が鳴った。


『おまえ…詳しいよな…』

「おまえが知らないだけじゃね?みんな、この辺りの事なんて、ドラマとか漫画とかで知ってんじゃん。ま、諸説ありますが、ふふ」

『そ、そっか…』

俺はもう一度絵を見つめた。


さっきまでただの裸体の絵だと思ってたのに、瑞季の説明のせいで妙に官能的に見え始めたから不思議だった。


「おまえ、授業いいの?」

ポケットに手を突っ込んで歩いて行く瑞季を追う。

『いいのっておまえもだろが!』

「ふふ…確かにぃ…いやね、孝也くんがしっかり塗ってくんねぇからさ、背中が痛いのよ…授業とか無理…」

『バカ!ちゃんと塗ったわ!このままこんな堂々とサボってたら先生に…あ…』

「…何だよ」

瑞季が急に黙る俺に振り返る。

『良いとこあるんだ!』

「はぁ?」

俺は瑞季の手を引いた。


美術準備室の前に着いた。

「何だよ急に!」

不審がる瑞季をよそに俺はソッと引き戸に手を掛けた。

ガラガラ…

「あいた…」

『入って…』

「え?…入る?」

『良いから!』

俺はグイッと瑞季の肩を後ろから掴んで押し込んだ。


完全に物置きだ。

大、小のキャンバスが雑多に立て掛けられて、絵の具があちこちに付いた古びたテーブルが一つ。椅子が二脚…。パレットが何枚も重ねられて今にも崩れそうにバランスを保っていた。

瑞季が椅子に腰掛けて、絵の具があちこちでカラカラに乾いたテーブルに頬杖をついた。

瓶に入ったバサバサの筆を手にして机の上に落書きするように走らせる。

俺は部屋の鍵を閉めた。

カチャンと後ろ手に音がすると、瑞季が俺の方をゆっくり見つめた。

それから…立ち上がって…ゆっくり机の上に座った。

俺は…


吸い寄せられるみたいに…瑞季の脚の間に身体を立たせる。

肩に手を掛けて…


ガタンッ!

ガタガタッ!

扉を開こうとする音で我に返る。

慌てて鍵を開けると、そこにはジャージに白衣を着て頭に白タオルの松岡が立っていた。

「おいっ!使うのは困った時だけだかんなっ!やり部屋じゃねんだから、サッサと授業出ろ!はーいっ!行った行った!」


とまぁ…見事に追い出された。

俺と瑞季は廊下に放り出され立ち尽くす。

俺は正直…心臓が壊れそうだった。


俺…さっき松岡が来なかったら………



さっきの絵を思い出していた。


"イブが誘ったんだよ…SEXしよって…"



瑞季が俺を…

誘ったんだと


一瞬…錯覚したんだ。

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