第17話

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『あ、あのっ瑞季、いや、市川見ませんでしたか?』

「いやぁ、見てねぇなぁ…。あの美人だろ?」

旨そうに煙草の紫煙をフーッと吐き出す。

煙りがクルっと渦を巻くように広がった。

「なぁんだ、アイツもサボってんのか、どうしょうもねぇなぁ、今年の一年は」

携帯灰皿にポンと灰を弾き入れて松岡が頭を掻く。

俺は暫く俯いて考えた。

『松岡っ!あのっ!相談があるんだ!』


階段を見上げると、松岡はシラッとした顔で

呟いた。

「せんせーっなっ!!!」

ジャージの上に羽織った白衣を揺らして睨みつけられた。

『せ、先生…先に聞きたいんだけど…』

俺は階段に腰を下す。

「あんだよ?」

『あんたって、体育の先生じゃないの?』

「はぁ?美術だ。」

『うわぁ…詐欺じゃん』

「あぁ?聞こえてんぞ!おまえ授業中ずっと寝てっからそんな今更ぶっこいた事いいやがんだな」

松岡は煙草を吸って天井に向かって煙りを吐く。

『あぁ、すみません…あっ!それはそうと!昨日っ!』

「洗礼……が来たか?」

松岡が片方の口角をニヤリと引き上げ笑う。

『何だよ!その洗礼って』

「どーせ、二年のグループだろ?毎年あるんだよ。通過儀礼的なもんな?男子校のあるあるじゃねぇの?」

当たり前に起こる事だとでも言わんばかりに煙草をふかす。

『俺のルームメイトが狙われてる。助けてくれよ!』

松岡より何段か下に座っていた俺は見上げて言った。

松岡はプッと吹き出す。

「助けてくれだぁ?…そんな事が出来んなら毎年起こってないだろうに。…一つだけ教えてやる。一年の間は単独行動せずニコイチを貫くんだな。二年になれば事態は変わる。アイツらは受験に追われるし、それどころじゃなくなるからな。ただ、禁欲生活が続いたおまえらが今度は一年の美人を狩りに出る…変わらない負のループと、罪の繰り返しさ。勿論、現行犯なら俺たち教員も処罰せざるを得ない」

『せざるを得ないって何だよ!!教師だろ!』

「ここは私学なんだよ。オツムの足りねぇおまえらには分かんねぇかなぁ…評判が全てだ。来年の受験者数の獲得も、偏差値を左右する生徒の取り込みも。全ては評判なんだよ」

『…まさか…揉み消してるってのか?』

「お〜、話が早いな。うちは一部の金持ちの御子息様の寄付金も大事な収入なんだよ。世の中は綺麗じゃない。それくらいは分かる年だな?」

松岡が煙草を携帯灰皿にねじ込んだ。

白衣を揺らしながら俺の横を通り過ぎて、踊り場まで降り立つと、振り返って言った。

「今年はなかなか上玉が多いしなぁ…ま、隠れる場所くらいなら提供してやる」

俺は階段から立ち上がる。

「美術準備室は使っていいぞ。鍵は開けといてやる。入ったら中から鍵を掛けて静かに過ごすんだな。ぁ…だから、おまえ他の先生に煙草チクんなよ」

『た、煙草?』

「厳しいご時世でなぁ〜、校内禁煙なんだよ。頼んだぞぉ〜」

手をヒラヒラさせて、松岡は階段を下っていく。


俺は力が抜けてまた階段に座り込んでしまった。

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