第16話

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「おまえ何朝からバタバタしちゃってんだよ…」

部屋へ入るなり瑞季が呟いた。

『バタバタしてる…かな?あ、米だったぜ、鮭とぉ…味噌汁…」

「だけ?さっき見に行ったくせに忘れたのかよ」

『あ、あぁ…まぁ、いいじゃん、行けば分かるだろ!行こうぜ、食堂』

違う事ばっかり考えてたら朝飯のメニューなんかうろ覚えだった。

「あっ…孝也ぁ…」

『ん?どした?』

「雨降る…食堂行く前にさ、背中…薬塗ってくんない?」

俺は窓から外を見た。確かに昨日と違って随分黒い雲が立ち込めていた。

瑞季の背中の傷は天気が悪いと疼く。

いつも塗り薬の鎮痛剤を塗る事が多かった。チューブを手渡され瑞季はベッドにうつ伏せになる。

白いカッターシャツを襟足くらいまで捲り上げた。

滑らかな白い肌の真ん中に大きくケロイドのように引き攣れた傷痕が張り付いている。

まるで存在を否定するかのように切りつけられた×の傷。

指先に薬を絞ってゆっくり傷の上をなぞった。

ビクンと身体が跳ねる。

『悪いっ!…冷たかったな…』

「大丈夫。ビックリしただけ…孝也、何かボーッとしてねぇ?」

薬を塗る手が止まってしまう。

『いやっ…何も。』

「ふぅん…」

『塗れた。』

シャツを下ろしてやるとクルっと腰を捻って俺をみて

「サンキュ…」

といつも通り、笑った。

無邪気に向けられる笑顔に心が痛んだのは…

俺が昨日、眠ってる瑞季にキスなんかしたせいだ…。

俺は…責任の取れない行動をした自分に、目を伏せた。


二人で部屋を出る。

食堂は変わらず朝は混み合っていた。

『席、座ってろよ。とってく』

「一緒に行く」

『…そうか?』

「うん」

瑞季は俺の後ろに並んでカウンターにトレーをそわせた。

一通りのメニューを取って席を探した。

向かい合わせの席を見つけられて、そこで食事を始める。

『瑞季…学校行ったら、俺から離れんなよ』

「何それ」

味噌汁を啜る瑞季。

『そのままの意味だよ。目が届かないと庇いきれないだろ。面倒臭い事になってんだからおまえもちょっとは大人しくしてないと』

「….」

『瑞季っ…』

無視する瑞季についイラッとして呼び方がキツくなってしまう。

瑞季は半分ほどの飯を残したまま乱暴に立ち上がりトレーを返却口に押し込んだ。

『ちょっ!待てよっ!瑞季っ…』



寮の部屋に戻って鞄を担いだ瑞季はサッサと出て行ってしまう。

俺はもう、バタバタと後を追うのに必死だった。

外はシトシト雨が降り始めていて、傘もささずにズンズン歩いていく。

俺は瑞季の腕をやっと掴む事が出来た。

『悪かったよ!気に障る事言って…』

「俺の事が面倒臭いなら庇ってやろうなんて思うんじゃねぇよ!俺はおまえの助けなんかいらないっ!せいぜい相葉と二人で二宮とかいう奴を守ってやるんだな!!」

『瑞季っ!』

俺の腕を振り払って瑞季が走って行ってしまう。

絶対に一人にしちゃいけないのに、朝から俺は何をやってるんだ!!てか、何回おんなじ事を考えてるんだ!

慌てて後を追う俺は下駄箱でもたつき、結局瑞季を見失った。

あんな状態で授業をうけているとは思えない。

雨足の強まる音を聞きながら、湿度の上がるベタついた廊下を走った。

人気のない場所…

人気のない場所だ…

息を切らしながら瑞季を探す。

校舎の一番奥に薄暗い階段が見えた。

雨で陽が射さない分、薄暗く気味が悪い。

俺は階段を駆け上がった。

踊り場を過ぎて、後少し上がったら屋上に出てしまう…というところで…


俺は担任の松岡とご対面してしまった。


松岡は咥え煙草で階段の一番上に座って居て、踊り場の俺を見下ろして呟いた。

「お〜い青年…こんなとこで何サボってんだよ」

『ぅわぁっ!!松岡っ!』

「せんせぇーなっ!!」

『せ…先生…何、してんすか?』

「バーカ、見りゃわかんだろ?サボってんだよ」

俺は思わずポカンとしてしまい、目的を忘れるところだった。

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