第5話

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「今日カレーだってさ…」

『ふぅん…じゃ、ハズレないじゃん。』

「カレーに不味いはないって言いたいのかよ?」

瑞季は寮の部屋に戻って来て制服から部屋着に着替えながら眉間に皺を寄せて問いかけてくる。

『ねぇだろ。少なくとも俺、カレー不味いって思った事ないぜ?』

俺も制服から部屋着のスウェットに着替えながら返す。

「ま、おまえ昔からバカ舌だもんな」

『あぁ?誰がバカ舌だ!』

「孝也」

『チッ…もういい!行くぞ、食堂』

俺よりモタモタ着替えてる瑞季をドアの前で振り返る。

白い背中にギザギザとバツの形に切りつけられた大きな痣…。


母親の再婚相手からの…虐待の痕だった。


ストンとトレーナーが背中を隠す。


『早くしろよ、腹減ったぁ』

「うるせぇ〜なぁ〜」

そんな会話をしながら部屋を出た。

寮長室の前の通路を通って別館の一階にある食堂に入る。


ズラっと長机が並んで丸椅子が一緒に並ぶごく普通の食堂だった。

メニューは決まっていて、給食みたいなシステムだ。

全棟同じメニューじゃないと大変だもんな。

『席、取ってろよ。俺カレー取って来るわ』

「あぁ」

瑞季を残して俺は配膳の列に並んだ。

トレーを手にして、カウンターの上を滑らせて行く。

カレーライスを二つ皿に乗せて、水をグラスに注いだ。

スプーンを取って、振り返る。

瑞季は入ってすぐの長机に頬杖をついて窓の外を見ていた。

色素の薄いブラウンの髪がよく目立つ。

周りは野郎ばっかなのに…妙な視線を感じずにはいられなかった。

俺はふぅ…と息を吐いて足を向かわせる。

カタンとトレーを置いて向かいに腰を下ろした。

『ん、どっちがいい?』

「少ない方」

『だと思った。おまえ疲れると食わないよな…だからチビなんだ』

「あ?なんか言ったか?」

『…なぁんも…』

何年か前の先輩の話…友達伝いに聞いた嫌な事を思い出していた。

多分瑞季は俺以外と連まないからきっと知らない…。


小柄で中性的な綺麗な人だったらしい。

上級生に…レイプされたって…。

聞いた時は、そんな事あるわけないって思ってたけど…変な話、ここは自由に動ける刑務所みたいなもんで…男しか居ない世界…。

さっきの嫌な視線…

暫く瑞季を一人には出来ないな…。

そんな事を考えながら、スプーンに掬ったカレーが妙に水っぽい事に落胆していた。

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