第87話

『はぁ?おいおい、俺一時間前に分かんねぇって言ったとこだろうが』


少しだけ語気を強めた川口のその言葉に、なんだか怒られているような気分になった私は「うん」と返事はしたもののとても小さな声になってしまった。


そんな私の態度に、川口も強く言い過ぎたと思ったのか少しだけ黙って間を開けるとゆっくりと今度は優しく話し始めた。



『…来週までは時間もかなりあるし…な?』


「……うん」



白川さんと付き合えばこういう電話もよくないのかな?


彼女がいる男友達にできることってどこまでなんだろう。



セックスはもちろんダメ、


不意に訪れる暇な瞬間のキスもダメ、



たぶん私が一人で川口の家に行くのもダメで、


一緒に帰るのもどちらかと言うとダメ。



電話やメールは…まぁそれは内容によるか。



でも今回みたいな、助けを求めるかのように泣きながらする電話はおそらく…いや、絶対にダメだ。






…じゃあ、もう私と川口を繋ぐものって何にもないね。





『…付き合ってほしくねぇ?』



川口のその声はすごく落ち着いていて、私達らしからぬ空気だった。


これに私が“うん”と答えるのも、今後二人が付き合うなら完全にアウト。




でも、それ以前に私の中の川口はそういう立ち位置じゃない。




だから、違う意味で言うなら付き合ってほしくなんてないけど川口の今思っている意味で言うなら、…




「どっちでも」




これは嘘ではなかった。




私はなんて勝手な女なんだろう。


そしてさっきまでの涙はいつ引っ込んだのか。




案外あっさりとそう答えた私に、電話の向こうの川口は『なんだそれ』と言うと拍子抜けしたように大きく息を吐いた。


その反応にどんな意味があったのかは分からないけれど、少なくとも安心はあったのかもしれない。


私にはっきりと言われなくて良かった、と。





川口からしてみれば、もうここまでしつこく聞けば私がどう思っているのかは大体のことは察しがつくと思う。


それでもはっきりとした言葉で言われなければ見て見ぬフリもできるし、そのまま何もなかったことにだってできる。



そんな川口の思いが手に取るように分かった私は、その一押しくらいは押してやろうと思った。

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