第78話

そこにはきっと叔父さんと叔母さんしかいない。


だとすると、今のは叔母さんに言ったの…?




お手伝いさんかのような働きを日々文句も言わずにやっている、あの叔母さんに…?



もちろん二人が話しているところを見たことがないわけじゃない。


二人は夫婦なんだから、揉めることだってたまにはあるだろう。


叔母さんは家のこととか叔父さんや私のことは何でも嫌な顔一つせずやってくれているけれど、だからと言って叔父さんに怯えているような、逆らえない立場であるような雰囲気は感じたことがなかった。


叔父さんにだってそうだ。


叔父さんが優しいのは何も私にだけじゃない。


そりゃあ私にはちょっと異常に甘いとは思うけれど、だからと言って叔母さんに対してコキ使うようなところや横暴な態度を取るところなんて見たことはない。




だからこそ、これが単なる喧嘩とかなら全然ありえないことじゃない。



…でもそのトーンの叔父さんの声を聞くのは、それが叔母さん相手だろうとそうじゃなかろうと私には初めてのことだった。





「もう限界です」




その声は間違いなく叔母さんの声で、その声と言葉に私の心臓がドクドクと暴れ始めた。



私の脱ぎかけだった右足の靴下は踵だけが脱げたような中途半端な状態だった。






待ってよ、叔母さん…




「だからそれはもう前に終わった話じゃないか」


「私の中では終わっていません」



叔母さんがこんなにも自分の意思をはっきりと言葉にしているのは初めてだった。


叔母さんはいつもいつも言われる前に何もかもをやってのけて私と叔父さんに何不自由のない日常生活を送らせてくれていたから…





「…もう少し考えて欲しい」


「いくら考えたって同じことです」






待って、



まだもう少しこの家を出て行くのは待ってよっ…!!





じゃなきゃ私、叔父さんとこの家に二人になっ———…






「いつまであの子の面倒を見る気なんですか」






叔母さんのその言葉は、今私の抱いていた心配が見当違いも甚だしいほどに的外れだったことを一瞬で私に知らしめた。

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