第72話
「家まで送ってやろうか?」
川口の家の狭い階段を降りる私に、後ろにいた川口が優しくそう言った。
「ううん、いいよ。向こうの駅降りたら叔父さんの家すぐだし」
叔父さんの家は川口の家の最寄駅の二駅向こうにある。
私も一年前まではこの辺りに住んでいたけれど、両親が死んで叔父さんの家に住むことになってやむを得ず私はこの辺りを離れた。
川口と遊びたい時にすぐに集まれなくなったのはちょっと不便だけど、慣れ親しんだこの辺りの街並みや空気感は嫌でも昔のことを思い出すから今となっては私はここを離れて良かったんだと思っている。
「でも傘だけは借りていい?」
「それは当たり前だろ」
「ありがと!」
一階に降りると、玄関へと続く廊下の隣の台所らしき部屋からこちらへ少しだけ灯りが漏れていた。
「本当に挨拶しなくていいの?」
私が足を止めて川口をからかうように声を潜めてそう言えば、川口は「いい」と言って私の背中を玄関の方に向かって軽く押した。
「でも息子は一体どんな子にムラムラしてんだろうって思ってるかもよ」
「あほか」
「絶対気になってるって。ちゃんと避妊してるのかしらーって」
「お前しつけぇよ」
そう言って川口が私の頭を軽く叩いた時だった。
「マサヤ!!!」
いつの間にかさっき明かりの漏れていた所から川口のお母さんらしき人が顔を出していて、玄関にいた私達は突然聞こえたその声に思わず勢いよく振り返った。
やばっ、今の会話…
「あんた女の子に何やってんのよ!!」
…は、聞こえないみたいだな。
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