第71話

それから十五分ほどして、私はやっとその一冊を読み終えた。


「お前って読むの遅えよな」


川口は私の体に腕を回したまま、頭だけを上げてそう言った。



「“ドカーン”とか“バコーン”とかもちゃんと読んでるからかな?」


「うわっ、マジで?それ絶対無駄」


「いいじゃん、私はそこまで読みたいんだよ。てかもう離してもらっていい?」


私は依然体に回された川口の腕を両手で掴んで離させようとしたけれど、川口はその腕にまた力を入れて「…もうちょい」と呟いた。





拒否する理由なんて思いつくわけない。



“いいよ”と言う代わりに、私は川口の腕を掴んでいた手をそっと離した。




「……」



「……」



これって何の時間なんだろう。



川口はもうしばらくこうしてたいと言ったけれど、それに何の意味があるのかは私にはよく分からなかった。





「川口の川口はもう鎮まったの?」


「全然」


川口は当然のようにそう言ったけれど、それならこんなに密着するのは逆に辛くはないのかな?



「…口で抜いてあげようか?」


そう言って顔を右に向ければ、私の体を横から抱き寄せる川口の顔の距離は思った以上に近かった。



「………いい。次の時まで温存しとく」


返事は少し間が空いたけれど、その声のトーンはいつもの川口だった。


「結構余裕だね?」


「んなわけねぇだろ。男子高校生の性欲舐めんなよ」


「あははっ、それはそれは失礼しました」



「…ったく、他人事だと思って」と小さな声で呟いた川口に、私はまた体を揺らして笑った。











「…明日ゴム買いに行っとくから」


「…うん」



それから私達は、また目が合うと引き寄せられるようにどちらからともなくキスをした。



私達が始まりの合図ではないキスをするようになったのはいつからだろう。



川口はキスすらもいつも自然だから何も思わなかったな。






川口がやっと私を解放してくれた時にはもう時刻は十八時半で、外はすでに真っ暗だった。

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