第68話
私のこのポジションは、来週から白川さんのものになるかもしれないんだよね?
““彼女か?”って聞かれてなんて答えたの?”
さっきそれを聞いたのは、きっとその現実を自分に突きつけるためだ。
考えないようにしたってどうしようもないし、逃げたところで白川さんや川口は待ってはくれない。
そうなれば私は川口以外の相手を探したりするのかな。
それともやっぱりあそこから落ちるのかな…
「母ちゃんさぁ、手ぇ洗う俺見て何か勘付いてたっぽいわ」
「え?」
「いつもは聞かないのに“何やってんだ”って意味深なこと聞いてきた」
「うわ、それヤバいね。…え?てかお母さんのそれって単純に手を洗う川口に対して?それとも“二階で何やってんだ”ってこと?」
「それが分かんねぇから意味深だって言ってんだよ」
川口のその割と本気なトーンに私は笑いが止まらなかった。
「あはははっ!!あんた息子として最っ低だね!!」
川口は「うっせぇ」とか「笑い事じゃねぇよ」と言いながらも、グリグリと甘えるように私の右肩に擦り寄った。
「……」
「……」
それからしばらく私達はまたお互い何も話さなくなって、依然強く降り続ける雨の音とずっと地味な音を立て続けている電気ストーブの音だけが部屋に響いていた。
私は変わらず漫画を読んでいて、川口はそんな私を横から抱きしめてずっと右肩に頭を預けたまま私の読んでいる漫画を一緒に見ているようだった。
私の読んでいた漫画も残りあと四分の一ほどになった頃だった。
「…お前さ、あの声まだ聞こえんの?」
川口の言う“あの声”は私がたまに聞こえるお父さんのあの声で間違いない。
———…“マリ、早くお前もこっちへ来い”
確かに私は前に一度だけその話を川口にしたことがある。
それから“その声のせいか自分が生きてるのかどうかが時々分からなくなる”ということと、“何もしてないとあの二人に引きずり込まれそうになるこの衝動を抑えたくて、それと同時に生きているという実感が欲しくなってセックスを求めてしまう”…ということも。
でももう私自身その話を川口にしたのがいつだったか、どんなタイミングだったか、具体的にどこまで話したのかすらも大して覚えてはいない。
だから、それを川口が覚えていたことに私は少し驚いた。
「…うん…たまにね」
「そっか」
それに何より信じたんだ、あんな私の単なる妄想かもしれないような話。
「…行くなよ」
川口は今にも消えそうな声でそう言うと、私の体に回していた両腕に今一度力を入れた。
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