第59話
「ははっ、それはねぇか」
「絶対ないよ、あははっ」
私達の笑い声は外の雨がうるさいせいでなんだか頼りなくて、川口が私を見つめたままスッと笑うのをやめたから私も何となく笑うのをやめて川口を見つめ返した。
川口はしばらく私をそのまま見つめたかと思うと、開いていた漫画をそのままに私に顔を近付けてキスをした。
私はそれに応えるように、顔を少しだけ上に向けた。
唇が軽く触れるとすぐに身を引いた川口は、何事もなかったかのようにまた漫画を読み始めたから私もすぐにまた漫画を読み始めた。
今のキスは何だったんだろう。
…なんて、いつもは思わないことを思ってしまった。
でもそれを追求するのは良くないと思う。
それを追求するならこれまでのあれこれにだって理由や意味があったのかってなるだろうし、それを求めたところで私には“私が生きていると実感するため”という何とも自分勝手なものしか浮かんではこないだろうから。
だからこそ私にはこれから川口の出す白川さんへの答えに口を出す権利なんかないんだもんね。
「……」
「……」
それから私達はまたお互い何も話さずに漫画を読み進めた。
しばらくすると、漫画を一冊読み終えたらしい川口は読んだ漫画を近くに放るとそのままポケットから携帯を取り出していじり始めた。
私はまだ半分くらいしか読めていなかったけれど、今日は何だか漫画の内容なんて全く頭に入ってこなかった。
隣の川口が漫画を読まなくなったことで完全に集中力の切れた私は、もう今となってはすっかり慣れてしまった川口の少し狭い部屋を見渡しながら無意識でクンクンと匂いを嗅いでいた。
そんな私に気付いた川口は、「ん?臭え?」と携帯から顔を上げて私にそう聞いた。
「ううん、違う。私川口の部屋の匂い好きなんだよね」
「ボロ屋じゃん」
「そんなことないよ。畳の匂いかな?叔父さんの家には畳の部屋がないから」
川口はまた携帯に目線を落としながら「なさそう」と言った。
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