第56話

だってそれを押してしまえば私はこれからどうやって生きていくの?





川口、私に死ねって言うの———…?





仕方ないことだということは分かってる。


でも私はまだまだそんな覚悟なんてできていない。




「そういう意味じゃねぇって」


「…え、じゃあどういう意味?“どう思う?”って、“白川さんのことどう思うか”ってことじゃないの?」




でもこれでもかなり譲歩したつもりなんだよ?



本音を言わせてもらうなら私はあの子なんて全然好きじゃない。


話したことすらないのにそんなことを言うなんて失礼だとは思うけれど、いつも名前の如く馬のように揺れるあのポニーテールは完全に男の目しか考えてないんだもん。


絶妙な後毛だっていけ好かない。



でも私がそんなこと言うとか見苦しいじゃん。


惨めだしダサいし、私があの子を否定してしまったら川口はあの子を選びにくくなるじゃん。



だから“よく分かんない”っていう曖昧な言葉にしてやったんだもん。





「はぁ……まぁいいわ。お前に聞いた俺がバカだった」


川口はいつものように冗談混じりな口調でそう言ったけれど、私はそれを笑えはしなかった。



何それ…


川口、やっぱり都合良く背中押してもらおうとしてたんじゃん。




そうだよね。


私がその背中を押せば私に対する気遣いとか申し訳なさとか全て必要なくなるもんね。


じゃあその後のことは?


考えてる?



私がまた生きてるのかどうか分からなくなった時どうするんだろうって、そこまで“ちゃんと考えて”る?










…いや、違うよね。


川口にそこまで考える義理なんてどこにもないよね。



だってこれって私自身の問題だもんね。








それでも私にとって今の私を生かしているのはきっと川口しかいなくて、それを手放してどう生きていくのかなんて想像もできない。




そうなればやっぱり私はもう落ちるしかないってこと?




傘をたたみ終えた川口が改札に向かって歩き出そうとした時、私は思わず川口の腕を掴んだ。


「ねぇっ…!」


川口は少し驚いたような反応をしたけれど、すぐに足を止めて私の話を聞く態勢に入った。


「ん?どした?」














「………いや、何でもない…」


「ん、ほら帰るぞ」



また歩き出した川口に、私はそのままついて行った。





正直、“白川さんと付き合わないで”と言ってしまおうかと思った。


でもそれが私が生きていくためにそうするんだとするならば、それで川口の幸せを壊してもいいものなのかという判断が私にはどうしてもできなかった。


ていうか、そんなのいいわけない。





だって“死にたい奴は勝手に死ねばいい”じゃん。




川口の幸せと私の命は全く何の関係もないじゃん。




川口はどうして私にそんな話をしたんだろう。


どうして“どう思う?”なんて聞いたんだろう。



私は何と言うのが正解だったんだろう。

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