第52話
十一月に入って一週間が経ったある日、私は雨で部活がないからと放課後川口に誘われた。
「なにお前、傘持ってねぇの?」
靴箱で靴を履き替えて川口が靴を履くのをじっと見つめる私に、川口は呆れた様子で少し笑いながらそう言った。
「うん。朝降ってなかったから」
「でも今日午後百パーだったろ」
「予報なんか見てないよ」
「ったく、お前は…」
そう言いながらつま先をトントンと地面にぶつけて靴を履く川口は何だか嬉しそうだった。
「にしては全然焦ってねぇのな」
川口はそう言うと目の前の大雨が降りしきる靴箱の外を指差して「この雨なのに」と言った。
「うん。だって川口が傘に入れてくれるもん」
「入れるか入れねぇかは俺の決めることだけど」
「川口なら入れてくれるって分かってるよ。川口優しいもん」
私のその言葉にちょうど靴が履けた川口はパッと顔を上げると、今度はちゃんと嬉しそうな顔を私に向けながら空いていた左手を私の頭に伸ばした。
「お前は本当しょうがねぇ奴だな」
川口はそう言いながら私の頭を撫でた。
私はそれに抵抗なんてせず、身を任すように頭を差し出した。
「川口って私の頭触るの好きだよね」
「そうか?」
「うん。事あるごとに触ってる」
川口は「へぇ」と言いながら、右手に持っていた傘をバッと広げた。
その川口の声はやっぱりどこか嬉しそうだった。
機嫌良いな。
「なんか川口機嫌良いね」
一つの傘に入って歩き始めると、私は思ったことを素直に口にした。
「別に普通じゃね?」
「普通じゃないよー。私とどんだけの付き合いだと思ってんの」
「ははっ。お前何様だよ」
川口の傘は大きくて、私と川口の体をしっかりと雨から守ってくれた。
心なしか傘がこちらに傾いている気がするのはきっと気のせいじゃないし、川口が同じ傘に入る私に歩幅を合わせているのは自分が濡れないようにするためだけでもないと思う。
やっぱり、川口は優しい。
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