第51話
「どした?」
「…ううん、なんでもない」
パイプ椅子事件が問題になっている今、先輩の存在の話をするべきではないと思った私はあえてそれを言わなかった。
わざわざ気を利かせてやった。
あのバカな先輩に。
今度会ったらこの恩を理由に何かしてもらおうかな。
いつになるかなんて見当もつかないけれど、私はあの先輩に会うのが少し楽しみになった。
それから早くも二週間が経った。
その間に私達の制服は冬服へと移行した。
叔父さんは久しぶりに見る私の冬服姿に頬を緩ませていて、それが気持ち悪いことこの上なかった。
そしてあの『趣味』のフォルダに今の私の写真がまた加わるのかと思うとなんだか叔父さんの目を真っ直ぐには見られなかった。
もう慣れて受け入れるしかない。
直接的な何かがあるわけではないし、数年の辛抱だ。
それに、家には常に叔母さんがいるんだから。
もうあの家で生活をする私にとっては、叔母さんだけが唯一の心の拠り所だった。
…まぁ相変わらず目も合わせてくれないけどさ。
その二週間の間に私はあの屋上へ数回行った。
毎回そこに先輩の姿はなかった。
でも、先輩も相変わらず屋上に来ていることはすぐに分かった。
ドアのすぐ横に、いつの間にかまたパイプ椅子が置かれていたから。
どこから調達してきたんだろう。
その椅子はなぜか二つあった。
…いや、“なぜか”ってことはないか。
ここでそれを使う人間なんて私と先輩以外には誰もいないんだから。
でも、やっぱりあの人はちょっとバカだと思う。
だってもうあれから三週間も経つというのに私達はまだ一度も出くわしてはいないんだから、この先だって出くわすことがあるかどうかなんて分からない。
それにもしあの人が三年生ならもう半年もしないうちに卒業だ。
それならパイプ椅子は別に一つで良かったと思う。
…とは思いつつも、私は遠慮なくそのパイプ椅子を屋上の真ん中あたりに置いて座り、空を見上げた。
私がここに来るのは決まって天気の良い日だった。
特に狙っていたわけではないけれど、毎回そうだった。
もしかすると私は無意識にそれを狙っていたのかもしれない。
私自身が死んでしまわないように。
“私が死なないように見張っていてほしい”なんて、太陽がはたしてそれをしてくれているのかは謎だけれど、今死んでいないということは多少の効果はあったかな。
いや、あるわけないか。
ていうかそれを思う時点で私って頭のどこかでは自分が死んでもいいと思っている自覚があったのかもしれないな。
それからも何度かあの屋上へ行ってみたけれどやっぱりそこに先輩の姿はないまま、季節は本格的に冬に入ろうとしていた。
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