第48話

下手すれば誰かが大怪我を負っていたかもしれないというのに、私達はなんて無責任な人間なんだろう。






…と思いつつも、「何か知っていることがあれば何でも教えてくれ!!!」と躍起になる先生を見ていると頭はより冷静になってなんなら蔑むような気持ちが胸いっぱいに広がった。






…必死だな。



その責任感を振りかざす感じがたまらなく気持ち悪い。




別に本気で探そうなんて思ってないくせに。



私はあの日あの先輩と最後にはそれなりに仲良く話をしたからもちろんあの犯人が先輩だとバレてほしいなんて全く思わなかったけれど、犯人探しをする先生達の行動力のなさにはほとほと呆れた。




「どんな些細なことでもいい!!何か知っていることがあれば何でも教えてくれ!!!」




あの日から一日、一日とどんどん時間は経っているのにそれしか言わない先生に、一週間も経てば生徒の間では“それしか言えねぇのかよ”という空気がしっかりと漂っていた。


そんなもんだよ。


仮にあれで誰かが大怪我をしたり当たりどころが悪くて死んだりなんかしてたとしても、先生達はきっと何も変わらない。



でもそれは言ってしまえば先生が悪いわけではない。


他人の死なんてそんなもんなんだよ、きっと。


関わりがなければ本気で悲しんだり本気で腹を立てることなんてない。






それでも何となく私の頭をよぎったのは、あの時私達が本当に手を繋いで落ちていたらこの学校は今頃どうなっていたんだろう、ということ。



もちろんそれだって時間が経つごとに風化していくんだろうけれど、ある意味この学校の歴史に名を刻むことはできたよね。


それもそれでちょっと面白かったかもしれないなんて思った私は、やっぱり“ごく普通の女子高生”とは程遠い。








でも、私は少し甘かった。




あの場所に出入りできるのは確かに私とあの先輩だけなはずだけれど、それを知っているのは私達だけではなかった。









そんなある日の昼休み、前の席であるシノちゃんはこちらを向いて私と話している途中で「トイレ行ってくる」と席を立った。


私は「うん」とすぐに返事をした。




女子のほとんどはいつも仲の良い子と一緒にトイレに行く。


その意味は女である私にだってよく分からないけれど、それが仲が良い証拠になるのは女の世界では周知の事実だ。



今それをシノちゃんに誘われなかったということは私はやっぱりシノちゃんにとってそこまでの仲ではないのだろう。



残念とも嬉しいとも違うなんだか複雑な気持ちを抱えながら、私は無意識でスカートのポケットに右手を入れて常に忍ばせているあの鍵にそっと触れた。


この行動に意味なんてないけれど、気付けば私には鍵を触る癖がついてしまっていた。




最終手段の逃げ道を手に入れたみたいで、ちょっと嬉しかった。






…いいんだよ、別に。



同性だろうとなんだろうと、人に依存なんてしない方がいいんだから。



女の付き合いのみに完全に身を置くのは絶対にやめた方がいいということは中学の時に学んだ。



中二の時、私は仲の良かった女の子に「私あの子が嫌いだからマリも仲良くしないで」と当然のように言われたことがある。


それがいまいち理解できなかった私が「なんで?」と素直に聞き返せば、特にこれといった答えは返ってはこなかった。


それに答えがないことにも私は内心“なんで?”と思っていたけれど、翌日から私は突然クラスで一人になっていたからあれは聞いてはいけないことだったんだとすぐに察した。








面倒くさいんだよ、そういうの。


誰かを縛ったり縛られたり、どんだけ暇なんだよとか思うし。





その頃からかな。


川口とつるむようになったのは。

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