第46話

「ここ、お前も好きに使っていいよ」



別にここはこの人の場所ではないしわざわざ私がこの人の許可を取る必要なんてないけれど、



「…いいの?」


気付けば私は確認のように許可を求めていた。



「うん、いいよ」



私はまた先輩の右隣に並ぶようにしてしゃがみ込んだ。


そんな私を、先輩は何も言わずに目で追っていた。



「また私先輩のこと殺しかけるかもよ?」


「あー…さっき俺のケツ蹴ったことな?ははっ…まぁそれもいいんじゃね?俺だってまたいつお前を道連れにしようとするか分かんねぇし」




何と言えば伝わるだろう。


この不確かだけどはっきりとした、でも実態としてはよく分からない安心のようなもの。



信用するにはまだ早くて、



疑うにはまだ浅すぎる。




「そのどっちかで死ぬなら俺らの運命はそこまでってことで」





その雑すぎるまとめ方に私がなぜか妙に納得をして「それもそうだね」と言うと、先輩も「だな」と納得したように相槌を打った。






「一応言っておくけど、ここの鍵私の周りで持ってる人いないから」


「なら俺とお前だけってことだな。口外すんじゃねぇぞ」


「うん」


「あと俺先輩」


先輩の改まったようなそれは確実に“敬語を使え”とか“敬え”ということだったとは思うけれど、それも分かった上で私は「うん、知ってるよ、先輩」とあえて最後に“先輩”という言葉を付け足した。



そんな私の生意気すぎる思惑も、きっと先輩には伝わっていた。




フッと笑ったかと思うと、先輩は「お前面白いね」と子供みたいに笑った。




それから私達は何てことはない会話を、昼休みが終わるまでそこで続けた。



その会話の内容は本当に何てことはないものばかりで、先輩の「昼飯食った?」から始まって何が好きだとか学食の百円ポテトが美味いだとかそこの自販の抹茶オレが最強だとかなんとか…



たぶん十五分くらいはまともに話したと思う。



それなのに、結局先輩が何年生だとか名前がどうなんて話は全く出てこなかったし私も何も聞かれなかった。




きっとお互いに私達にはそういう個人的な情報を交換する必要はないと判断したからなのだろう。



先輩はここに出入りしている。


私もここに出入りする許可をもらった。


そしてここに出入りするのは私と先輩だけ。




ただそれだけだ。




そこに名前や学年という情報があろうがなかろうが、私達は何も変わらない。



また会うことがあるかどうかだって分からないし、悪い意味とかじゃなく別にまた会いたいとも思わなかった。

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