第39話

先に口を開いたのは意外にも私の方だった。






「…“飛ぶ”の?」



それを聞いてどうするつもりなのかは分からないけれど、念のために私は聞いてみた。


さっき先輩は“俺もちょうど死にたいと思ってた”って言ったし、もしそれでここへ来たのだとするなら私が飛ばなくたってきっとこの人は飛ぶ。





…いや、やっぱり“落ちる”。




実際に先輩が本当にそうだとしても、私にはそれを止める権利も義理も全くない。



でも何でだろう。




「…いや」




その頼りない否定に、私はなぜかホッとした。




死にたいと思っていたはずのこの人が今それを踏み止まったのはなぜだろう。




「…あの、」


「ん?」


「死なないなら…とりあえずそこから降りたらどうですか?」



なんだか後ろからその人の背中を見ていると、さっきの否定なんて何の力も持たないんじゃないかと思えるくらいに弱々しく思えた。



本当に落ちてしまいそうだ。






そう、落ちるんだ。



私達は飛ぶことなんてできないんだから。



落ちたら、もう終わりだ。





「あー…ははっ…俺って今マジで死にそうに見えてんの?」


「見えてるよ。めっちゃダサい」


「おー、マジか。…え、てかさっき一瞬だけ敬語使った?ははっ、ウケる。お前ちゃんと敬語使えるんだな」


その声は表面上では楽しそうに聞こえたけれど、こちらに背を向けているから実際のところ先輩の顔が笑っていたかどうかは分からなかった。





「…さっさと降りてよ」


「おーい、俺先輩だぞー。敬語使えや、こらー」


先輩は私に背を向けたまま、ふざけるように棒読みでそう言った。




「死にたいとか言ってさ、実はそっちも初めから死ぬ気なんてなかったんでしょ?」




私が少し冗談混じりにそう言えば、その人はしばらく黙ったかと思うと聞こえるか聞こえないかも際どいくらいに静かに深く息を吐いた。











「死ねねぇだろ。


















———……あの人一人を残してなんか」






その声は泣きそうな、消えそうな、何の事情も知らない私ですらも苦しくなるような、そんな小さな声だった。

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