第37話

「はぁ……あのね先輩、私別に」


「おー、お前ちゃんと俺が先輩っつうこと分かってたのか。あまりにでけぇ態度だから一年だと思われてんのかと思ったわ」


「うん…いや、はい…ごめんなさい…でも今はそれよりさ、」


「おう、そうだな!!おっしゃ、じゃあせーので行くからな!?」


先輩はそう言いながら依然私の左手首を掴んでいたその手を下にずらして私の手を握ると、ぶんぶんと大きく前後に振り始めた。



「えっ!?ちょっと待ってよっ!!!」


「もうお前覚悟決めろって!」


「だから一旦私の話をっ」


「お前直前でチキって踏み止まんじゃねぇぞ?まぁそれでも俺が飛べば手を繋いでるからお前も引きずり込むだろうけどさ、その衝撃でお前左肩外れるぞ!?あははっ」


先輩は何故か楽しそうに怖い話をし始めた。


なんで笑ってんの…



「まぁそれも死ぬんだからどうでもいいって感じだろうけどよぉ、…お前、考えてもみろよ!死んでる奴が肩外れてんのはさすがにだせぇだろぉ…!!あはははっ」




先輩の軽すぎる笑い声に、私の中の何かが弾ける音がした。




「……何笑ってんの…」


「ははっ………え?」


先輩は私のその様子に、笑うのを一旦やめてこちらを見た。



「何が面白いの!?死ぬんだよ!?」


「おう、そうだな。それならやっぱり何が外れようがどうでもいいよな」


「そうじゃなくて!!!あんた死ぬの意味分かってんの!?」



私がこれまでよりもはるかに大きな声でそう叫べば、先輩はぶんぶんと前後に振っていた繋いだままの手の速度をゆっくりと落として止めた。










「…分かんなくてもいいんだよ、死ぬことに意味なんか何もねぇんだから」






それはさっきずっと言ってたみたいに“死ねばもう全部がリセットされるから”という意味だろうか。




それとも、




“考えたって答えなんか見つからない”という意味だろうか。






先輩はこれまでとは別人のように落ち着いた様子で、また正面へ顔を向けて遠くを見つめると「死ねば何も残らねぇんだから」と言葉を付け足した。



その言葉はとても重かった。


今の先輩にはさっきまでの軽さなんてもうどこにもなくて、その切り替えのスイッチがどこにあったのかもよく分からなかったしそれを押したのが私なのかどうかすらも私にはよく分からなかった。




掴めない人だな、と思った。








「何かあったの…?」




なんでそれを聞いたんだろう。


どこの誰かもはっきりとは分からないし、先輩であることは確かだろうけれど二年生なのか三年生なのかすらもいまだによく分からない。




それを聞いて、私はどうするつもりなんだろう。



私の割と真面目なその質問に、先輩はフッと笑うとまたこちらに顔を向けた。


「別にどうでも良くね?死ねばそれも全部チャラだし」


「……」


「おまけに死んだらお前のその生意気な態度も全部チャラにしてやるわ」



先輩はやっぱり笑いながらそう言うと、握っていた私の左手を指を絡めるように握り直してギュッと力を入れた。











「…先輩もう分かってんでしょ?」


「うん?」


「私にその気がないこと」


「さぁ、知らねっ」



先輩はそう言うとまたぶんぶんと握られていた手を前後に大きく振り始めた。

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