第36話

私のその声はあまりにも小さくて、人の話を聞かない頭の悪いこの人には絶対に届いていなかったと思う。



現にほら、



「どうする?まぁ普通に足から行く感じだよな?でも確実を狙うならプールの飛び込みみたいに頭からってのも悪くねぇけど」



もう“飛ぶ”気満々だもん。




この人、本当に死にたいの…?



もしかしてそれでここにいたの?




「てかやっぱこれって“飛ぶ”なんだな!プールでも飛び込みって言うし。あ、それなら自分の意思で飛び降りることは“飛ぶ”って言って、事故的なものを“落ちる”って言うんじゃね?」



馬鹿だなぁ…


ここはプールじゃないんだからそれを同じように置き換えて考えるのは違うでしょ。




「あー…ははっ、でもまぁ死ぬならそれももうどっちでもいいか」



うん、どっちでもいいよ。


どうせ死…





…なないから、私…!!!!





「ねぇ、ずっと言えなかったんだけどさっきから盛大な勘違いしてるよ?」


「あ?もういいって、死んだら全てリセットなんだから」


「いやだからそれがそもそ」


「でもさ、考えてみるとすごくね?ここから一歩踏み出すだけで俺達はこの世とおさらばできるんだぞ?もう何もかもを捨てれんだぞ?なんかすげぇよな、この一歩にそんな力があるなんて」




この人は本当に死ぬ気はあるんだろうか。


次々に口をついて出る止まらない言葉は、見方を変えれば飛びたくないとも取れてしまう。




「無理しない方がいいよ」



無理して死ぬなんてそれこそバカみたいでしょ?



「無理?してない、してない!!」


その人はそう言うと、依然掴んだままだった私の左手首をさらにグイッと自分の方に引き寄せた。



気を抜いていた私は、その勢いに思わずその人の右肩に体をぶつけた。




「たどり着くのが地獄以外でありますように!!!ほら、お前も一応願っとけ!!!」




これがいわゆる道連れってやつ…?



ダメダメ、バカなこの男に流されてはダメだ。



だって私は———…








———…“マリ、早くお前もこっちへ来い”…








あれ?


おかしいな…


さっきまで出てこなかったくせに、なんでここに来て出てくるの?



まるで待ってたみたいな、


私が予想もしていなかったこの流れをお父さんは全て分かってたみたいなタイミングだね…







それで本当に死んじゃうなんて、マジでくだらない。

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