第26話

お母さんが飛び降りたあのビルは家の近所の使われているのか使われていないのかもよく分からない雑居ビルだった。



四階から飛び降りたと聞いた時は“四階で死ねるの?”なんてことをふと疑問に思ったけれど、その建物を見に行って屋上を地上から見上げて見ればそれは思った以上の高さで中学生ながらに“これなら死ねるわ”と変に納得をしたのを覚えている。






下から見ても分かるくらいなんだから、きっと上から見下ろすその高さはそれ以上に感じるだろう。



“ここなら死ねる”



お母さんもそう思ったのかな。



…そりゃそうか。


だからそこに決めて飛び降りたんだろうし。






勝手に立て続けに自殺現場にされてしまったある意味一番の被害者であるその雑居ビルは、今はテープが貼られて頑丈に誰も入れないようにされている。



欲を言うならあのビルでその景色や高さを味わいたかったけれど、無理なものは無理だからしょうがない。


四階建てで屋上に入れそうな建物をなんとなく探してみたけれどこれが案外見つからなくて、それで学校なら行けるんじゃないかと私は閃いた。




生徒達がうじゃうじゃいる方の校舎は南京錠で閉ざされていたから入れなくてすぐに諦めて、それで私は別棟にたどり着いた。


まぁ別棟も別棟でドアは頼りなかったけど鍵はしっかりかかっていたから、私はもう諦めてはいたんだけど。


でも川口にその話をしておいて良かった。






目的に沿っているかはさておき、一応それに近いものは体感できるから。




別棟の校舎は人気がないせいか、まだギリギリ九月だというのに少しだけ空気がひんやりしていた。


人がいないだけで温度ってこんなにも変わるんだ…




鍵が手に入るならあっちの校舎でもどっちでも良かったんだけど、こっそり出たいならやっぱり別棟の方が都合が良い。


それに川口がこっちの鍵を渡してきたということは、あっちの校舎のあの南京錠の鍵は手に入れられなかったということなんだろう。

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