第4話

「もう九月も終わるのに暑いね。熱中症には気をつけるんだよ」


「わかってるよ」


「担任の先生は優しい?」


こんなどうでもいいようなことまで聞いてくるんだもん。


叔父さんは少し変わっている。



「うん、まぁ普通に」


「何か困ったことがあればいつでも言うんだよ」


「ありがとう」



叔父さんだけを見ていれば“自分の娘のように”って思いも初めは少なからずあったけれど、私の勘ではそれはたぶん違う。


でもそれは勘というほど格好の付くようなものでもなく、ちゃんとそれを決定付ける出来事があったから私はそう思ったんだ。



だからこそ、私はたとえ私のことが嫌いだとしてもこの家に叔母さんがいてくれて本当に良かったと心から思っている。





叔母さんは確実に私のことを良く思ってはいないだろうけれど、だからといっていじめるようなことは何もしないし嫌味のようなことを言われたことも一度もない。


私が話しかければ、顔は上げないもののちゃんと応えてもくれる。



あの特別高くも低くもないようなトーンの声で。



挨拶だってさっきみたいにちゃんと返してくれるし、ご飯だっていつも栄養バランスのしっかり取れていそうなメニューだし、洗濯物だって何も言わなくても私の物だけ別で洗ってくれている。



まぁこれは考えようによっては“汚らしい”と思われているという可能性もなくはないと思うけれど、私からしてみれば他人であるこの二人と同じ洗濯機に服や下着を入れられるのはちょっと…



だから、今となっては私はもうその叔母さんの行動の一つ一つを有り難く受け取っている。



もし叔母さんが私なんかと特別仲良くする必要もないだろうと思っているのだとするならば、それには私も完全に同意だ。



私は一生ここにいるわけじゃない。


まだ高校に入学したばかりだから今すぐにとはいかないけれど、いつかは絶対に出て行くことになる。


それなら他人である私達が特別関係を深める努力をする必要はどこにもない。




「そういえば運動会とかあるんじゃないの?」




まぁこの人はちょっと考え方が違うみたいだけど…




「体育祭は先週終わったよ」


「え!?何で言わなかったの!?」


「いいよ、そんなの。高校生にもなって保護者と一緒に何かすることなんてないんだし」



余程行きたかったのか、叔父さんは私の言葉に少し寂しそうな顔をした。



「でもお弁当とか…」


「叔母さんが美味しいの作ってくれたから問題なし!」


私が笑顔でそう言えば、叔父さんはまだ心残りのありそうな様子で「ならいいんだけど」と呟くように言葉を吐いた。











んでまぁじゃあ何で私がこの叔父さんの異常なほどの優しさを“実の娘のように”という思いからくるものではないと思ったかってことなんだけど———…




「お小遣い足りてる?」


「足りてるけどたくさんあっても困らないよ」


「ははは、しょうがないな」



叔父さんはもう少なくなっていたコーヒーを音も立てずに飲み切ると、隣の椅子に置いてあった鞄から財布を取り出した。



「はい、これ。叔母さんには一応黙っておきなさい」


「ありがとう」



差し出されたお札を受け取ると、私はそれを確認もせずにすぐにスカートのポケットに入れた。


触った感じ的に、たぶん五万円くらい。




「じゃあ僕は先に出るね」


「いってらっしゃい」


行儀悪くテーブルに両肘をついてパンを食べながら私がそう声をかければ、叔父さんはすぐに鞄とスーツの上着を持って立ち上がった。




私の後ろを通る時、叔父さんは「行ってきます」と言って後ろから私の右肩に触れた。



それは触れたと言うより掴んだと言った方が正しいような、そんな力加減だった。



私はもうそれには何も言わなかった。



















私がアレを見てしまったのは、夏休みに入ってすぐの頃だった。

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