第96話

私が起こしたんじゃないかという考えも頭をよぎりはしたけれど、その言い方から察するにきっとそういうわけではないだろう。


“触るな”とか“寝られない”など文句を言われるのかと思っていた私だけれど、セイが口を開いた理由はそんな類のものではなかった。



「“フリ”はもう禁句な」


「え…?」


「俺ももう“偽モンの”とかは言わんから」



“セイのはただのフリじゃん”



あぁ…私はなんてひどい言い方をしてしまったんだろう。



「フリやろって距離取られると寂しいから」



セイは目を閉じたまま、黙っている私にそんな言葉を続けた。



私は矛盾しているな。


ここにいればセイが私を見つけてくれるかもしれないなんて思いつつも、ちゃんとある程度の距離を保つようにと“フリ”という言葉で線を引こうとするなんて。



「…わかった?」


「…うん、わかった」


「ん、ええ子」


セイはそう言うと、今度こそ本気で寝るつもりなのか少し顔の角度を変えて力を抜いた。


「頭触っててもいい?」


「どこでも触ってええよ」


本当はさっきの“いてくれたら嬉しい”と言った時、そこに“すごく”という言葉を挟もうか少し迷って私はやめた。


でももし付けていたら、




「サチは俺の彼女なんやから」




セイはもしかすると喜んでくれたのかもしれない。


そう思えば、言わないでいたことへほんの少しの後悔が押し寄せた。










セイは五分と言ったけれど、実際セイと会話が途切れてからもうかなりの時間が経った。


正確な時間は分からない。


スカートのポケットは右側にのみあって、そこにある携帯は仰向けになるセイの左肩にスカート越しに当たっていた。



この数十分の間に、私の携帯は何度か短く震えた。


それで起こしてしまわないかと震えるたびに内心ヒヤヒヤしたのだけれど、結局今に至るまでセイが目を開けることはなかった。

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