第94話

「えっ、いいよ!セイは戻りなよ!私全然大丈夫だから!」


セイにまた心配をさせないために“七限は…”と言ったのに、それだけでは伝わらなかったのか。



「さっきも言うたけど俺のせいな気ぃするから」


「本当に、全然そんなことないから!」


「いや、あるって」


「ないよ!それにだからってサボリに付き合わせるとか申し訳ないから!」


「一人がいい?俺おらんほうがええ?」



私には選択肢がある。


それを選ぶ権利もある。


そしてそれに口を出す権利は誰にもない。



だからここで“そうだ”と言うことはできたし、セイならそれを言っても怒ったり悲しんだりすることはない。



もし本当にそう思っているのなら。



「…ううん…それはない…」


「じゃあ何?」



私の声に耳を傾けてくれる。


たとえどんな言葉が返ってきたとしても、それならセイにとっての私の言葉にはきっとそれなりの重みが出てくるはずだ。



「…すごく申し訳ないけど…いてくれたら嬉しい」



思っていることを口にするのって、こんなにも心が軽くなることなんだ。



「ん、ならおる」



嫌な顔一つせずにそう言って笑ったセイは、もしかすると私のその本意に気付いていたのかもしれない。



「俺も授業サボれてラッキーやわ。五限、古典やったし」


「嫌いなの?」


「うん、死ぬほど」


きっぱりとそう言い切ったセイは「生きていく上で何の役にも立たへんから利用価値はゼロやし、文章は何が言いたいんか謎やし、何より文法も単語も覚えるのめんどい」と、聞いてもいない古典を嫌いな理由を指折り数えながら私に教えてくれた。


その一つ一つに“まぁ確かにそうだよな”なんて納得しながら話を聞いていた私に、何を思ったのかセイは「それでもまだ申し訳ないって思うなら膝貸してよ」と言って私の足を指差した。


「…膝?」


「そう。腹一杯になって眠なった」


つまりそれは膝枕をしてということかな…


私が何も言わずに立てていた両膝をゆっくり真っ直ぐに伸ばせば、セイは小さく「おっしゃ」と言うとすぐにくるっとこちらに背を向けるように体の向きを変えて少し座る位置を調整し、そのままこちらに体を倒した。


仰向けになったセイの頭の位置は、ちょうど私の足のど真ん中だった。

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