第93話

「…このパン美味しいね」


「普通にどこにでもあるコンビニのパンやで?百二十円。…え、てかさ、」


「コトラのご飯より安い」


「そうそれ!!今俺もちょうど同じこと思ってた!!!」


そんなくだらないことがとにかく面白かったのか、セイはしばらくの間「すげぇ!すげぇ!」とよく分からない感動をしながら大笑いしていた。



お互いがお互いのご飯を食べ終え一息ついたタイミングで、五限の開始を知らせる予鈴がなった。



「もう昼休みも終わりやなぁ」


また煙草を吸っていたセイは、そう言いながら先程煙草を消した場所と同じところに持っていた吸いかけの煙草を押し付けて火を消した。


それらをどうするのかと見ていると、セイは慣れた手つきで私が食べたパンの袋に吸い殻を入れて口を縛っていた。


きっと昼休みここへ来る時はいつもそうしているのだろう。



「じゃあ行こか」


そう言ってセイは先に立ち上がったけれど、私は腰を上げずに顔だけをそちらに向けた。


「うん、いってらっしゃい」


「いやいやあんたも行くねん」


私が冗談を言ったと思ったらしいセイはそんな風に私をツッコんだけれど、


「私午後の授業サボるから」


真面目なトーンでそう言葉を返せば「えっ?」と言って固まった。


「もう教室に戻りたくない。でも心配しないで。五限と六限だけ。七限のホームルームにはちゃんと戻るから」



私はちゃんと分かっている。


さっきの教室での出来事で心を乱されたのは私だけだ。


私が今戻っても七限で戻っても、教室内は何事もなかったかのようにこれまでの“日常”が続いていく。


私自身に、あの教室の中の何かを変える力なんてありはしない。



それでも今はどうしても戻る気にはなれなかった。


笑われるのが嫌なんじゃないし、誰かに何か言われるのが怖いわけでもない。



ただ、まだ少しだけ私には時間が足りなかったというだけのこと。



「…ふーん…じゃあ俺も」


セイはそう言って、すぐにまた元いた場所に戻るように私の右隣に腰を下ろした。

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