第89話

「…俺何回も電話したんやで?」


「…うん、知ってる…」


「知ってて無視してたん?ひどっ」


言葉の割に私を責める様子はどこにも感じられないセイは、一本咥えた煙草に慣れた手つきでライターで火をつけた。



「…何で来たの?」


「何でって、俺サチと飯食うためにそっちの教室行ったのにサチが俺置いてどっか行ったからやん」



セイはどうしていつも通りの顔で今私の隣にいるんだろう。



「…聞いた?」


「え?俺?何を?」


「私のこと」


「いや、別に何も聞いてへんよ?サチがどっか走ってってからすぐ追いかけたし」


それは嘘ではなさそうだった。


でもきっと私に何かあることには気付いているはずだ。


「じゃあ聞かないの?今私に」


「聞いてほしいん?」


「…ううん」


「なら聞かんほうがええやんか」


右手の人差し指と中指で煙草を挟むセイは、そう言って少し笑いながら先ほど口を付けた先端の部分を親指の爪で器用に小さく弾いて灰を落とした。


その落ちた灰は、地面にぶつかると同時に小さな塵へと変わった。



「あ、そういや俺当たり前に火つけたけど…」


こちらを見ながら煙草を持つ右手を少し上げたセイに、私は「うん、大丈夫」と言って隣で煙草を吸う彼をすぐに許した。



その匂いは一瞬で私にトモキくんのあの部屋を思い出させたけれど、目の前にいるのがセイだからなのかトモキくん自身まで私の頭に浮かんでくることはなかった。


トモキくんが私を呼ぶ頻度は決して頻繁なわけではないのだから、セイと過ごす時間が長くなれば長くなるほどにこの匂いの記憶は全く別のものに塗り替えられるかもしれない。



嫌なものが、そこまで悪くはないものへ。



「はぁ…なんか俺日に日に学校で煙草吸うハードル下がりよるわぁ…」


「……」



…気にはならないのかな。




“…お前最近調子乗り過ぎなんだよ”




私がどうしてあんな扱いを受けているのか。

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