第88話
遠くに聞こえるのはいつもと何の変わりもない騒がしく交差する無数の人の声だった。
私がこのプレハブの裏に来て、一体どれだけの時間が経ったのだろう。
五分か、十分か…
その間に数回、ポケットの携帯が持続的にブーッ、ブーッと震えては切れ、また震えてはまた切れた。
まだ昼休み終了のチャイムは鳴っていない。
全速力でここまで来たけれど、手に持ったままのお弁当は無事だろうか。
今教室はどんな様子なんだろう。
どうして私はここに逃げてきたんだろう。
セイはもう、私の全てを知ったのだろうか。
あぁ…地面が揺れている気がする…
それはまるで昨日感じた電車の中のようだった。
全てが現実じゃないみたいだ。
そんな覚束ない意識の中でサクッ、サクッ、と土を踏む足音が聞こえた。
そうか、分かった。
だから私はここへ逃げたんだ。
ここにいれば、私を見つけてくれるかもしれないから。
「おったぁっ…」
足音が止まると同時に聞こえた心の底から安心するようなその声に、依然足を両腕で抱えるようにして身を縮めていた私はゆっくりと顔を上げた。
「セイ…」
「めっちゃ探したやん…」
勘弁してくれと言わんばかりにそう言ったセイはその場で座り込む私の前を通って左側に来ると、スッと同じように腰を下ろした。
その手にはさっきも持っていたパンに加えて、お茶のペットボトルが二本持たれていた。
「でもここ思い付いた俺天才。ひたすら別棟探しててんけど、いきなりピンと来てん」
「……」
「ははっ、でもまさかほんまにおるとはなぁ」
「……」
「はぁ…」
一息ついたセイは、持っていたパンやお茶を地面に置くとすぐにポケットから煙草を取り出した。
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