第87話
「…サチが何やねん」
頭の片隅で音がする。
忘れていた、あの音。
それを追いかけるように大きくなる心臓の音。
ドッ、ドッ、ドッ、…
どちらがどちらの音なのか。
それらがぴたりと重なった時、もはや何も分からなくなって私の指先がぶるっと大きく震えた。
こうなってしまえば、もはや今聞こえるその音がどちらのものなのかはよく分からない。
「うわー、マジか。そりゃそうだよな。知ってて仲良くしようとか思う男なんかいねぇもんな。てかお前さぁ、隠し通せると思ってんの?今お前自分がどんだけ有名だと思ってんだよ」
ごめんなさい、
忘れてしまっていてごめんなさい、
私が全てを消し去ってしまったというのに、
私だけがこんなにのうのうと生きていてごめんなさい。
だけどやっぱり、私は私の人生を諦めたくなかったから、
「何の話してんねん、鬱陶しいな」
「こいつはメンヘラの犯」
「やめてっ———…!!!」
突然大きな声で張り上げた私のその言葉に、一番驚いた顔をしたのはセイだった。
「サチ…?」
「……ごめん…なさい…」
蚊の鳴くような声の謝罪にセイの「え?何?」という声が聞こえてきたけれど、私はもう誰に何を言うこともなくその場から走って逃げた。
大きい声を出したのは自分なのに、なぜかその声が耳の奥でまだ少し響いている気がする。
焦ることなんてない。
何もかも一昨日のあの放課後より前に戻るだけだ。
地味に細々と生きていけたらそれでいいとセイに言ったのは私なんだから。
とにかく思いのままに走った私がたどり着いたのは、一昨日セイと出会ったあのゴミ捨て場のプレハブの裏だった。
そこにあの日のセイのように座り込んで、両腕で目一杯膝を抱き寄せてしばらく静かに顔を埋めていれば、いくらか心は落ち着いた。
…あーあ、逃げちゃった。
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