第76話

「別にいいよ?」


配慮のつもりで言ったそれに、セイは『へっ?』と気の抜けた声を出した。


「だってなんか申し訳ないし」


『そんなことないって』


「でも、」


『ていうかできるだけ一緒におらなサチって今にも俺の存在忘れそうやし?そもそも彼氏おるJKが家帰ってこの時間まで携帯見んとか普通ありえんで?』


私がラインに気付かなかったことがよほど気に入らなかったのか、セイは少し拗ねるような口調でそんなことを言った。


「まだ言ってるの?」


『いやいや、あんな?俺純粋に心配してやってるんやで?電話にも出えへんから何かあったんやないかとか、家まで送った方が良かったんやないかとか。単に返信来んくて拗ねてんのとちゃうんやからな?』


「うん、それはどうもありがとう。でも何も無かったんだからもう怒らなくていいと思う」


『怒ってないけど』


「口調が怒ってるよ」


『いやいや、俺今顔死ぬほど笑ってるから。サチ見えてへんやろ?俺今口角上がりまくってんねんで?』



そう言った口調もやっぱり私には少し怒っているように感じたのだけれど、本当に死ぬほど笑いながらそんな声を出しているのかと思えば可笑しくて、『上がり過ぎて俺の口角もうどっか行った』と言われた時には思わず「ぶっ」と吹き出した。


『あ、笑った』


セイのその声は、どこか嬉しそうだった。



セイは用件が済んでもすぐに電話を切ろうとはせず、しばらく私達はよく分からない会話を続けた。


結局私達は一時間ほど電話で話をしたのだけれど、私はその間ずっと手にはグラスを持ったままでお茶を飲むのをすっかり忘れていた。





私はその夜、寝る前にラインのトーク一覧でセイの名前をピン留めした。


きっとこれから誰よりも私にラインを送ってくるのはセイだろうし、見逃してまた変に心配をかけるのも申し訳ない。


彼のその気遣いが私が彼女(仮)だからというところからくるものなのだとしても、それなら私は精一杯その時が来るまでちゃんとした彼女を演じ切ろうと思った。


喧嘩別れなんてあったら元も子もないし。


…って、まぁそんなものが私達の関係に存在するかどうかだって私にはよく分からないのだけれど。

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