第75話

無意識に一呼吸おいて発信ボタンを押すと、私はそっと携帯を耳に押し当てた。



『プルルルッ…プルルルッ…プルルルッ———…』



お母さんやサナと電話で話すのだって普段はほとんどないのに、家族以外でこうやって人と電話するのだって私は本当に久しぶりだ。


極端なことを言えば当たり前のように言う“もしもし”だって私からすれば言い慣れないもので、セイが電話に出る前に発信音を聞きながら「もしもし」と練習がてら口に出してみたけれど、うまく言えたのかどうか自分ではいまいちよく分からなかった。



「…も」


『プルッ———…もしもし?』



二度目となる練習のそれに合わせるように途切れた機械音の末に聞こえた当然のようなその言葉は、私の練習よりもはるかに自然な“もしもし”だった。



「あ、もしもし?セイ?私だけど。サチだけど」


『分かってるよ』


「電話どうしたの?」


『どうしたの?ちゃうやろ』


ここに来てようやく、私はセイの声色があまりよろしくないものだということに気がついた。


「え?」


『ライン送ってんのに全然既読つかへんし』


「あっ…!セイも私に送ってくるんだ!」


私が欠かさず確認しなきゃならないラインの相手はトモキくんだけだと思っていたけれど、今はそうでもないらしい。


『はぁ?何言うてんの?当たり前やろ』


「あ、うんっ、だよね!ごめん、ご飯食べたりお風呂入ったりしてたから携帯見てなくて」


『ふーん…そっか。まぁええわ。サチって朝駅に着くん何時くらいなん?』


「八時十分くらいかな」


『え?早ない?いっつもそんな早く学校行ってんの?』


「学校の前にいつもコトラのところに寄るから」


『あー…それで』


「うん」


そんなことを聞いてどうするんだろうと疑問に思っていた私の気持ちが伝わりでもしたのか、セイは私が何か聞くよりも先に『じゃあその時間に駅行くから一緒に学校行こ』と言った。


セイが私に送ったラインの用件もおそらくその誘いだったのだろう。


でもきっとさっきの反応からしてセイに朝一コトラのところに行くという習慣はなさそうだし、家を出る時間だってきっともっと遅い。


そもそも家だって駅よりも学校に近いみたいだし、それならわざわざ学校と真逆方向にある駅にまで出向いてもらう必要なんてあるんだろうか。

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