第73話

ダイニングテーブルにはラップがかけられたおかずが用意されていて、『今日夜のバイトの子の代わりで出ることになったから、ご飯先に食べてね』と置き手紙があった。



“夜のバイトの子の代わり”って、本当かな。


押し付けられたりしたんじゃないかな。


私のせいでお母さんも辛い目に遭っているかもしれない。



私は手を洗うと着替える前にその用意されたご飯を温めもせずに急いで食べて、自分の部屋へ入った。


私がいる限りサナは自分の部屋から出てこないだろう。


サナがご飯を食べられなかったら困るから、できるだけ急いだ。



私の予想通り、私が部屋に入ってしばらくするとサナが自室から出てきてご飯を食べているような音が聞こえた。


食器もちゃんと片付けているようだった。







その日二十二時を過ぎた頃、お風呂から出るとちょうどお母さんが仕事から帰ってきてご飯を食べていた。


「あ、おかえり」


「ん、ただいま。ご飯食べた?」


「うん。サナも食べてたよ」


「なら良かった。そういえばさっきからずっと携帯鳴ってたよ?」


そう言いながら、お母さんは襖の閉まっている私の部屋を指差していた。


「あぁ…」


普段から常に私の携帯はマナーモードにしているから音は鳴らないはずだけれど、私が制服を脱いだタイミングで携帯をサイドテーブルに置いたから、おそらくお母さんにはいつもよりも大きくなったその振動音がこちらの部屋まで聞こえてきたのだろう。


よくもまぁ飽きもせず…



“…逃げんのかよ”



藤野の親友を名乗るあの男の言葉が脳裏をよぎったけれど、お母さんが箸を持つ手を止めてお風呂上がりの私にお茶を入れてくれたから、私はそれをかき消すように軽く頭を振ってお母さんの前の椅子に座った。


そのお茶は平凡ながら、とても優しい味がした。

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