第70話

電車から降りて外の空気に触れるのに加えて肩から男の手の感触がなくなったことで、私はとても息を吸いやすく感じた。



「…逃げんのかよ」



背後から聞こえたその声にゆっくり振り返ると、そこにいた藤野の親友を名乗る男は私にとって全く身に覚えのない顔をしていた。


制服から察するにうちの学校の近くの男子校。


髪の毛は制服の紺が真っ黒に見えてしまうほどに眩しい金色だった。


「じゃ、またね〜」


初めと同じようにふざけた様子であからさまな笑顔を貼り付けたその男の乗る電車は、ドアが閉まると当然のように私の地元の方向へと走り出した。



外から見て分かるくらいには、そばにはその男子校の生徒が数人いてその人達も途中下車した私の方をニヤニヤしながら見ていた。



みんな藤野の親友なんだろうか。


“またね〜”って、二度と会いたくないし。




私が降りた駅は、家の最寄り駅よりも二駅手前の駅だった。



このまま次の電車を待って、それに乗って帰るのもアリだろう。


でもなんとなく、今日はもう電車に乗りたくはなくて私はそこからゆっくり歩いて帰った。




はぁ…本当に、今日は怒涛の一日だな…



私の歩くスピードが遅いせいか、降りた駅から地元までは結局そこから約一時間半かかってしまい、自宅に着く頃には時刻はもうすぐ十九時になろうとしていた。



———…ガチャッ…



「…ただいま」


家の中は暗かった。


お母さん、今日遅いって言ってたっけ…


玄関の電気をつけてゆっくり靴を脱いで部屋に上がると同時に、タンッタンッタンッと軽快に階段を駆け上がる音が聞こえて、私は思わず後ろを振り返った。

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