第67話

トモキくんが普段どんな生活をしているのか、私は何も知らない。


仕事だってしている風には見えないけれど、ワンルームとはいえ一応一人暮らしもしているんだから何かしらのことはしているんだろう。


ラインが来るのは夜中から朝方にかけてが多いから、仕事をするなら昼間?


でも私が行くのは基本昼間でトモキくんはいつでもいるから、やっぱり夜の仕事?


分からないな…


…ていうかどうでもいいか。


トモキくんからメッセージが来ていないなら携帯にもう用はなく、私はすぐにそれをまたスカートのポケットにしまった。


「え?もうええの?めっちゃ鳴ってたのに」


「うん、いい」


「…ふーん…」


コトラの可愛さは残暑の気だるさをも忘れさせる力があるようで、気付けば時刻は十七時になろうとしていた。



「そろそろ本当に帰ろうかな」


「ん、じゃあ俺も」


一度駅前まで送ったからというのもあるのか、今度はその花壇のところで私達はまた別れた。


その時の別れの言葉もまた、


「じゃあね」


「おう、じゃ」


こんな恋人らしからぬどこか他人行儀な挨拶だった。




電車に乗った私は、目まぐるしかった今日一日を頭の中でぼんやりと思い返していた。



自分の席がなくなって、偽物の彼氏ができて、その人にお弁当を食べてもらって、コトラには“ハジメ”というもう一つの名前があって、それを名付けたのはまさかの私の偽物の彼氏で、彼がしつこいと思っている女の名前は“ミナ”で———…


我ながら濃い一日だった。


情報量も多い。


でも悪くはなかった。



———…ガタンガタン、ガタンガタン…



学校の最寄り駅から家の最寄り駅までは電車で約二十分。


この地味に長い乗車時間が、私は案外好きだ。


誰も介入することのない一人の時間。


考えることの大半は決して楽しいとは言えないようなことばかりだけれど、それでも一人になれるこの時間は間違いなく安全とも言える。



———…いや、言えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る