第60話

「何でまだおるん?さっき駅に入ってったよな?」


「うん。でも私も用があるから」


そう言ってコトラの餌の入った小さなコンビニ袋を胸の前まで持ち上げて揺らしてみたけれど、セイはその半透明の袋の中身が見えなかったらしくまだまだ不思議そうな顔をしていた。


見えたってきっと理解はできない。


こんな騒がしい場所のベンチの下でひっそり生きる子猫に女子高生の私が毎日餌付けしてるだなんてこと、誰も思いはしないだろうから。



「それならそうと先言うてくれたらよかったのに」


「駅に入る必要はあったの。コンビニに行きたかったから」


「へぇ…」


「セイは?誰か待ってるの?」


私はそう聞きながらセイがいまだ右手に持っている携帯を指差した。


「あぁ…いや、」


「はは、どっち」


「誰も待ってへんよ。俺の用って人との待ち合わせとかちゃうから」


セイはそう言って、持っていた携帯をズボンのポケットに入れると何やら鞄をゴソゴソと漁り始めた。


そんなセイに「ふーん」と適当な言葉を返しながら徐ろにベンチの方を見れば、私の声がしたからなのかベンチ下の手前の方まで出てきていたコトラが座面の下からこちらを見上げていた。



私がそれに「あっ、」と言えばセイの「ん?…おっ、」と言う声が聞こえてきたけれど、私の目にはもうコトラしか入っていなかったから私はセイをその場に残してベンチの方へと歩み寄った。


でも、



「コトラー」


「ハジメー」



私の言葉にピタリと被せるようにセイの声が聞こえてすでにベンチの目の前にしゃがみ込んでいた私が驚いてパッと後ろを振り返ると、いつのまにかこちらに来ていたセイも真後ろで膝に両手をつくように体を屈めながら驚いた顔で私を見ていた。



「え?」


「は?」



また被った…



依然そちらを見つめながらゆっくり立ち上がれば、セイもそれに合わせるように屈めていた体をゆっくりとまっすぐ起こした。



「…この子、セイの猫だったの?」


「いや、そういうわけじゃないけど…コイツいっつもここおるから通った時は可愛がってんねん」


そう言ったセイの手には小さなパンのかけらが持たれていた。


どうやらさっきセイが鞄を漁っていたのはそれが目的だったらしい。

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