第55話

決められた場所に自分の席を確保できないなら、今日から私の席はここにすればいい。



「…よし」


他の人に聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう言ってその席に腰を下ろせば、目の前に広がる教室全体からは怒りを存分に含むような目を向けられた。


それでも新しい席はとても快適だった。


机のガタつきだって今は全然気にならない。


そこに再びかき集められた落書きは、消しても消してもキリがないだろうからもう一日の終わりに消すことにする。



五限の授業の先生が来ればこちらを見ていた生徒も前を向かざるをえなくなり、私の快適度はさらに上がった。


真左にある窓を静かにほんの少し開けてみれば、私のためだけとばかりにふわっと柔らかな風が入り込んできて私の結いきれなかった僅かな横髪を静かに揺らした。







五限が終わればまた私は一人教室から出て校内をひたすら歩いた。


その時少し遠くでセイの姿を見つけたのだけれど、彼は隣にいる昨日“コタ”と呼んでいた友達とのおしゃべりに夢中で私に気付いてはいなかった。


まさか本当にウインクをしてくるだろうとそれを待っていたわけでもないのだけれど、私はとりあえずその姿を見えなるなるまで見届けた。



六限のために教室に戻れば、私の机と椅子はそのまま教室の後ろの隅にあるままだった。


またあの位置に戻されていたり、下手したら廊下に出されていたりなんてことも多少覚悟の上ではあったけれど、そうなればまたさっきと同じことを繰り返せばいいだけだからそこまで不安はなかった。







放課後になり、いつもならすぐに教室を出る私はそのまま自分の席に座ってぼんやりと窓の外を眺めていた。



「おーい、サチー、帰んでー」



その不躾でありながら声色はそれなりの優しさを含む何とも言えないセイの声にずっと椅子に座って窓の外を見ていた私はすぐに声のした方へ顔を向けた。


セイは後ろのドアのところにいて、左の柱にもたれかかるように体重を預けて私へ手招きしていた。


昼休みは遠慮もなく入室して私のところまで来た彼が、今はそこでとどまっているのはどうしてなんだろう。

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