第54話

いつもなら適当な場所でお弁当を食べたあとは昼休みも休み時間と同じようにひたすら校内を歩くのだけれど、この日はなぜかその場から動けなかった。


予鈴が鳴り始めてようやく動き出した私は、教室のある校舎に戻ると三組である自分の教室に入る直前に五組の方をしばらく見つめていた。




あれだけ断っていたくせに、彼女のフリをするのを承諾したことに今は不思議と後悔のようなものはこれっぽっちもない。


まだ何も始まっていないからそう思うだけかもしれないけれど、どこを切り取っても逃げたくなるようなものばかりだった私の日常に舞い込んだ風は間違いなく不快なものではなかった。




“いつか誰かのこと本気で好きになる日は絶対来るやろ”




…そうだ。


私だって一生ここにいるわけじゃない。



ゆっくり廊下の先から教室へ体の向きを変え、小さく一呼吸置いてから私は教室の中に入った。



少し前まで騒がしかったであろう教室の中は静かで、それが昼休みがもう終わったからなのか私が入ってきたからなのかは際どい所だった。


その嫌な空気も視線も、不思議と今の私の何を動揺させることもない。


私の席がまた潰れていたって、私の頭の中には波風一つ立たない。



本当に不思議なものだ。


つい数十分前までは本当に消えてしまいたいとすら思ったりもしていたはずで、何ならあの時よりここの空気は私自身を異物扱いしているはずだというのに、気持ち次第でこんなにも私は私を守ることができるなんて。



後ろの席の、私の席を潰した張本人であるその女子は、もう周りの人と話をすることもなく自分の机の真横に立つ私を見上げていた。


それは別に私がそちらを見て分かったわけではなく視界の隅に映った彼女で判断したことだから、彼女が今どんな顔で私を見ているのかまではいまいちよく分からない。



知る必要はないと思った。


だから私はそちらを見ることなく、ピタリとくっついた自分の机と椅子を真横から両手で掴んでそのまま手前に引きずり出した。



———…ガガガガッ…ガガガガッ…



教室のちょうど真ん中辺りにあった位置から、私はそのまま机と椅子のセットを均等に並ぶ列の一番後ろまで引きずって移動すると窓際の隅まで持って行った。


机と机の間はそこまで広い間隔があるわけではなかったからその通り道ではたくさんの机を巻き込むようにズラして心無い文句を言われたけれど、私はその全てを無視した。

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