第53話
「じゃあ早速やけど今日一緒に帰ろうな」
「あ、うんっ」
「あとごめん、名前は?俺彼女の名前も知らんとか初めてやわ」
「えっと、サチ」
「サチな。俺は」
「セイ」
本人よりも先にその名前を口にした私に、彼は一瞬驚いたような顔をしていたけれどすぐにフッと小さく笑った。
「うん、そう。ありがとう、昨日言うたの覚えてくれてたんやな」
「…うんっ」
「じゃあ教室戻る?俺はさっき担任に呼ばれてたん忘れてたから今から行かなあかんねんけど」
「そうなんだ。私はまだ教室には戻らない」
「ふーん…そっか」
彼は何となく気付いていると思う。
さっきの二限終わりの休み時間だってその時間をめいっぱいあてもなく歩き続けてから教室に戻ったし、さっきの昼休みだって彼が来るまで教室の自分の席で私は一人だったし、今のだってそう。
でも、
「あっ、そうや、ラインと番号教えてや」
思い出したかのようにそう言ってポケットから携帯を取り出した彼は、何事もなかったかのように話を変えた。
私は迷うことなく彼に番号などを教えた。
こうして、私の携帯の登録者に新たな名前が一人加わった。
「あの…私はなんて呼んだら…」
「そんなんセイでええって」
「セイ…」
「んじゃあサチ、また後で。廊下で会うたらウインクしたるから今度は無視すんなよー」
「いらないって…」
「あはは」
こちらに手を振りながらすぐに反転しようとしたセイだったけれど、
「あ、待って!」
私はそんなセイを慌てて呼び止めた。
「うん?どしたん?」
「あのガタついてる私の机、直せる?」
「おう、大丈夫。放課後ちゃんと直したるからな」
優しくそう言ったセイは今度こそしっかり私に背を向け行ってしまった。
私はこれからどうなるんだろう。
あの教室での私の立場は何も変わりはないはずなのに、何かが変わりそうで私の心は静かに高揚していた。
その時、私のいる渡り廊下に少し強い風が吹き抜けた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます